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閑話 昇格試験

 仙人郷は、今日も平穏である。別に平和ではない。

 元々仙人郷は、この世界でもっとも古き理に沿った生活をしている場所であり、地上ほど悲惨な事になりうる事はなかった。

 どうして古き理に沿った生活をしていれば、争いはなくなるのか。

 ごくごく簡単な事である。

 人を差別しなければ済むだけの話なのだから。

 仙人は常に物事に対して平等でないといけなく、それと同時に何かを義と取り、何かを悪と取る。善悪すらもどちらかだけに天秤を傾ける事をしてはいけない。

 つまり、才能さえあれば仙人になれ、そこに人徳を見ないのである。

 それに対して仙人郷に住まう仙人達は誰も不平や不満を唱えた者はいない。この不平等ではあるが平等なこの地において、天秤を傾けるうんぬんを議論する必要など、どこにもなかったせいである。

 故に、甲みたいな仙人は異質であった。


 かつて、彼には弟子がいた。今は仙人郷を離れてしまった者である。

 彼の数少ない道楽である、茶葉を摘みに地上に降りた時の事だった。茶葉を摘んだらすぐに帰るつもりではあったが、そこに赤い血にまみれた娘が一人倒れていたのだった。仙人は怪我を完治させるための仙術位は心得ているもので、手持ちの薬草も使い、彼女を治そうと試みたが、彼女は彼と目が合った瞬間に首を振ったのだ。


「結構です。これは私の血ではありません」


 心底驚いた。

 彼女の流れた血。それは全て返り血だったのである。

 話を聞いてみて驚いたのは、彼女は都に住まう商家の娘であり、正月の際に地方に住まう親戚一同に会いに行った所誘拐されたのだと言う。そして彼女は縛られ、売られる所であったが、彼女を一目見た盗賊の一人が、彼女に手を出そうとしたのである。ここまで来たら、彼女が殺したのかと思いそうなものだが、彼女の手首は華奢であり、甲の鍛えていない手ですら一回りしそうな程に細い手首で抵抗などできる訳もない。

 彼女に手を出そうとしたのは男一人だけではなかったのだ。彼女に手を出そうとした男達皆で、彼女を巡って殺し合いを始めたのだと言う。彼女が被った血は、彼女に手を出そうとした男が他の男を殺すために剣で突いた時に噴き出た血。この乱闘の最中、どさくさに紛れて彼女を抱こうとした者もいたが、この恐ろしい奪い合いでそんな漁夫の利を得ようとせん者が生きていられる訳もなく、その不逞の輩も剣の露となって消えた。

 彼女は目の前で起こった殺し合いを一人、座って見ていたのだと言う。嘘かと思ったが、彼女の目は嘘をついている様子はなく、同時に彼女の漂わせる匂いは、仙人郷にはない情欲を煽らせるような女を漂わせていた。

 ああ、この娘は。

 彼は心底憐れに思った。

 時折尾の力が強過ぎて傾国の者と言う者は現れる。その手の者は、何もしていなくても争いの火種となってしまい、最終的に独りになってしまうのだ。その手の者は大概は大国の愛妾になるか、市中に生きて尾を切り落として生きるかのどちらかではあるが、彼女の尾は七尾。縁起が大変いい数の尾を切り落としてしまうのもはばかられるが、彼女は地上では生きてはいけないだろう。

 そう思い、彼女を仙人郷へと連れて帰る事としたのである。

 今思っても、彼女の尾の力に自分すらもやられてしまったのか、それともこれはただの事故だったのか、彼には分からない。

 ただ事実だけが残っている。

 彼女の過ちは正さねばならなく、既に仙人郷も他人事のように地上を見下ろしているばかりでは駄目だろうと。


「……正解が出たようだねえ」


 水鏡を眺めながら、緩やかに湯気が漂う茶を味わいつつ、甲はぽつりと漏らした。彼の僕である筋斗雲は、地上の様子を甲の水鏡に映してくれていた。

 そこで秘めた声を出す愛弟子に、その愛弟子の僕となっていた異界の少女。

 もう愛弟子は彼女のように間違える事はないだろうと、甲はくるくると指で雲を巻き始めた。

 彼には試験を受けてもらわなければならない。

 それが全てを救う事となるのだから。

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