崩落篇 十四
玉座に座っている若い王様は、しばらく私達のやり取りを見ていたけれど、やがて重々しく口を開いた。
「お前達は」
その一言を聞いて内心「うひゃあ」と思ってしまう。いつか親戚が間近でどこぞの国の王族と旅行先で鉢合わせた際、声や雰囲気から醸し出される清浄なオーラに圧倒されてしまったと聞いた事がある。今聞いていて確信した。
絶対私達と同じ生き物じゃない。だって何か本気で癒されるような気がするんだもの。その人が私達と同じ物食べて同じ物見て生活しているとは本気で思えない。
その一言で思わず私が固まっていたが、それを見ていた辰巳は思いっきり私の膝に足を突っ込んできた。いだっ。
思わず睨むと、辰巳もまた私を鋭く睨んで、口パクで何かを短く言った。……えっと、多分「うるさい黙れじっとしてろ」とか、そんなところ? しゃべってないじゃん。全然全く本当に、しゃべってないじゃん。
抗議したくてもすぐに辰巳は王様の方に視線を戻してしまったのだから、私はしばらく王様の方角へと視線を戻した。
「南都国側から現れたと聞いたが、あちら側のしきたりに縛られてはいないようだな」
「……それは、尾なしへの対応の事でしょうか?」
「いや、もし感に触ったのなら謝ろう。ただ嬉しく思っただけだ。分かり合えるものがいると言うものほど心強く思えるものはない」
辰巳が冷ややかに王様に対して噛みつくのに、王様はやんわりとそれを避けた。この人は思っているよりも悪い人ではないのかもしれないし、むしろいい人なのかもしれない。……きっと私みたいな馬鹿たれがいるから、どの国も世が成り立っているんだと思う。
辰巳は冷たい眼差しのまま「そうですか……」と一言添えてから、本題へと切り出した。
「私が旅を続けて参りましたのは他でもなく、我が姉弟子の不始末のためでございます。天の理が敷かれた頃から存在する宝貝が地上へと散らばり、世は混乱しております。それを回収する事が天の道と努めてまいりました」
「ほう……?」
王様はぴくりと眉を動かした。
大体合ってる。でも肝心の宝貝を何に使うのかは言ってない。私がちらりと戌亥さんと子子ちゃんの方に視線を移すと、二人は未だに膝を突いたまま、ただ王様にはつむじのみを見せ続けていた。
多分王様がいいって言うまではこの姿勢なんだろうな。
もう一度辰巳と王様の閲覧の方へと視線を映すと、王様は辰巳を興味深そうに眺めていた。そう言えば、辰巳がこんなに他人行儀な口調でしゃべっているのは初めて見たような気がする。いつもは口も悪ければ頭もカッチンコッチンだけれど、考えた末に思った事を口にしている辰巳が、ここまで遠まわしに話しているのは本当に珍しいのだ。
王様は辰巳に対して向けている視線は、興味なのか何なのかがよく分からず、思わず二人の視線を見比べている間に、辰巳は再び言葉を続けた。
「この機会に、仙人郷も祭具用宝貝を回収したいと考え、そのために各地を旅して参りましたが、その結果分かりましたのは、地上のありようでした。かつては天の理の元、人は手と手を取り合って生きていたように思えますが、今は強きが弱きを虐げ、弱き者が口を閉ざしてしまう世となりました。
仙人郷としましては、それはあまりにもよくない事に思えます。
……どうぞ、もし祭具用宝貝がありましたら、それを仙人郷に返す一環として返却を願い奉ります。その対価として、しばしこの地上に留まり、陛下の行いの手助けをしたく思います」
そう言葉を締めくくった後、手を合わせて再び礼をした。
辰巳の言葉を聞いて、王様は顎をしゃくり始めた。
辰巳の語った滑らかな言葉に、私は何度も何度も辰巳が黙り込んでいた言葉を思い出した。私が何も考えずにおかしいって言った事。それがいい事だなんて思って口にしてた訳じゃないけれど、辰巳はずっと言いたい事も言えないって事に耐え続けてきた。
この国だったらしょうがないのかもしれないって諦めかけてた事も、辰巳は諦めたくなかったんだ。さっきの言葉までは詭弁だったのかもしれないけれど、この言葉にはきっと嘘はない。
しばらく顎をしゃくっていた王様は、また重々しく口を開いた。
「──その言葉は、果たして貴公の言葉か?」
「はい?」
辰巳が少しだけ眉間に皺を寄せる。それに私は思わずおろおろとする。まさかとは思うけど、王様とまで喧嘩する気じゃないでしょうね!?
王様は淡々と言葉を続ける。
「もし仙人郷の名を騙っているのであれば、貴公の言葉を聞く訳にはいかぬ。確かに八仙は天の理を敷いた際、天は天の道を、地は地の道を敷き、地は天に反するべからずとした。現在は地上においてはほとんどの国が天の理は失われてしまったが、それでもなお、天に反するべからずとは皆に浸透している。
だがあえて北都国王として、仙人郷が客人に言わなければならぬ事がある。
天は地に反する事はしない。だが地は天に平伏す事は叶わぬ。どうか、もし仙人郷の言葉として語るのであれば、お帰り願いたい」
言葉の一つ一つに、重力でも入っているんじゃないかって言う位に、その王様の言葉には重みがあった。このまま言葉で圧迫されるんじゃないかって言う位に、重い。
辰巳は眉間に皺をより一層深く刻んだ後──その眉間を消して、じっと王様を凝視した。辰巳が何か言おうとした時、私は思わず手を挙げていた。
「あのぉー、ちょっといいですか?」
「……貴殿は、仙人郷が客人の?」
「一応、道士、辰巳の僕って言う、そう言う設定です……」
言っていいのかなあ、悪いのかなあ。そうは思ったものの、辰巳がずっぱり言ってくれないのだから、私が馬鹿な事でもいいから言っちゃった方がいい気がした。
だって、話をしないと分かる訳ないじゃない。話し合っても分かり合えない事もあるけどさ、そりゃさ。あるさ。でも。
辰巳の事を誤解されたままは、何だか嫌だった。
「辰巳は別に、仙人郷のために宝貝を回収してる訳じゃありません。全部、私のためです」
「おい、馬鹿……」
「うるさいよ、辰巳。辰巳は何も悪くないんだから、全部私のせいにしちゃえ」
辰巳が私を制止させようとするけれど、それでも私は首を振った。
嫌だ、何もできないからって、辰巳ばっか苦労するのは、何かもう嫌だ。そりゃできない尽くしだし、足引っ張るし、よかれと思った事裏目にばっか出るけど。
何もしないでただ泣いてるだけでどうにかなるんだったら、ずっと泣いてりゃいいよ。でも泣いたって何も変わらないじゃん。
なら、私が適当な事のたまって、それで全部私のせいにしちゃえばいいじゃん。辰巳は本当に、間違った事なんてしてないんだから。




