崩落篇 十三
辰巳の言葉を聞いていて、私は何も言えなかった。
もし戦争になったら、あそこにいる人達は……。でも辰巳達は冷静に明日の謁見の打ち合わせをして、早めに発つと言う事を〆てから解散する事となった。部屋に帰ろうとして、私は辰巳に声をかけた。
「あのさ……」
「ん、何だ」
「……もし、ちゃんと辰巳の予測通りだったとして、最低限に終わるかな? 下手したら、私が見た夢みたいに……」
あの夢は怖かった。
この山が真っ二つに崩れていく様が生々しくて、自然と大きな音を耳にしたら腕を掴んでしまう。
私の言葉の意図が分かったのか、辰巳は軽く溜息をついた。
「予測までは立てる事はできるが、俺も予言まではできない。だから断言まではできない」
「そりゃ、そうかもだけどさあ……」
「信じろと言えなくって悪かったな」
「……前から思ってたけどさ」
「何だ」
「アンタって、もしかしなくっても割と優しい人なの?」
私が思わず聞いた言葉に、辰巳が珍しく仏頂面を解いて、目を丸く見開いたかのような顔になった。そして、少しだけ赤くする。
何だその反応。こっちが恥ずかしくなるわ。
「……知らん」
「何だソレー」
「ああ、もう。うるさいうるさいうるさい。お前が突飛過ぎるんだよ」
「ひどっ! 私別に変な事言ってないし!」
「そこが変なんだ! もう明日早いんだからいい加減寝ろ!」
「言われなくっても寝るわよ! おやすみ!」
辰巳からは「おやすみ」が返ってくる事はなかったけれど(いや、返って来たらすごく気持ちが悪い)、私はそれを気にせず部屋に戻る事にした。
ベッドに横になると、そう言えば本当に久しぶりのベッドなんだと思い、固くも冷たくもない感触に、思わずごろごろと転がり回る。
それに隣のベッドで寝ている子子ちゃんに笑われてしまった。
「明日、いよいよ王様に謁見ですね」
「うん……長かったよね、本当」
「そうですね……」
それ以上は会話は繋がらなかった。日本には王様って呼ばれる人はいない。将軍様がいたらしい江戸時代を生きた事はないし、天皇様も総理大臣も世界が違い過ぎて会った事がない。だから考えれば王様に会うのはすごい事なんだろうけど、実感を持って感じる事ができなかった。
もし北都国の王様が祭具用宝貝を持っていたら、私は帰る事ができるけど……。もし持ってなければ? もし既に奪われた後だったら?
不安はまだあるし、万里の長城の行軍中に聞いた話だって、忘れた訳じゃない。私と同じようにこの世界に来た人は、とうとう帰れたのかどうかは分からなかったけど。今はここまで何とか五体満足で来られた事に感謝したい。本当に久々に真っ赤なスープを飲み続けないと凍ってしまう事のない場所で眠れる事に感謝をしつつ、私は自然と瞼を落としていた──。
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久々に気持ちのいい目覚めだった。起きた時に身体が痛い事も、寒くって目が覚めると言う事もなく、窓の日差しから明るい陽射しが差し込むのを見ながら起きるなんて言う体験が本当に貴重だなんて、最近は本当に考える事すらしていなかった。
身体が本当に軽いのは、睡眠が充分だからだと思う。着替えた後、宿の朝食を取り(朝食は饅頭とお粥で、饅頭は野菜餡と肉餡が詰められているものだった。やっぱり寒いせいなのか、肉餡は香辛料たっぷりだし、野菜餡も生姜みたいな身体を温めるものが入っているようだった)、いよいよお城へと向かう。
今日は雪は小休止らしく、晴れているけど雪が溶けてぬかるんでくれると言うサービスはないらしい。北海道の真冬でも毎日雪が降る事はなくって小休止で晴れている日だってあるものね。私達は真っ白な町並みを歩いて行った。
時折雪かきをしている市中の人達を眺めつつ、お城を見て私は「ふわぁぁぁ……」と溜息をついた。北都国の建物は本当にどこもかしこも真っ白だけれど、お城もまた真っ白で、雪を少しだけ屋根に残しつつもきらきらと光って荘厳な感じがするのは、一体どう市中の民家と比べればいいのか分からなかった。
「ここが、北辰城だ。少し話をしてくる」
辰巳からお城の名前を教えてもらいつつ、私は馬鹿みたいにただ口を開けてお城を眺めていた。私が会った事のある偉い人なんて、せいぜいうちの学校の理事長先生位だけれど、あの人はしゃべってみたらすごい圧迫感があった。偉い人のオーラって言うのは軒並み圧迫感があるんじゃないかしら。そう思えば丁もよく分からないオーラを醸し出していたような気がする。それが仙人郷を裏切るような仙道を集める要因になったのかしらと少しだけ考えていると、子子ちゃんが少しだけ私のマントを引っ張った。
「ん、なあに?」
「もうそろそろ入れるみたいですから」
少し子子ちゃんが震えているのは、やっぱり王様に会うせいか。偉い人なんて本当に理事長先生位しか会った事ない私だから、自分でも対面できるのかが分からなかった。
戌亥さんはと言うと、随分とのんびりとしている印象で、こちらはあまり反応が見られない。
「えーっと、戌亥さんは緊張、とかはないんですか?」
「そうは言ってもなあ。俺は盗賊だからなあ。自分が一番偉いのに、他に偉い奴がいるからって気圧されたら話にならないだろ」
「それお城の前で言っちゃいますか」
「そんな豪胆じゃなかったら、そもそも堂々と盗賊が王族に会うなんて言わないだろ」
「あー、なーるほど」
そうしゃべっている間に辰巳が戻ってきた。
「謁見の許可が取れた」
仙人郷の道士って肩書き、すごかったのね。今更ながらそう思いつつ、さっき交渉していたらしい門番さんが誰かを連れてきた。
大きな身体で、甲冑をつけている姿からして、武官の人なんだろうか。
「道士様ご一行。よくぞお越し下さいました。私は北都国禁軍所属、午と申します。王の元までご案内しますので、どうぞ着いて来て下さい」
「よろしくお願いします」
そう言いながら辰巳は左手に右手の拳を押し当てて礼をした。そのまま午さんに着いて、私達は開かれた門から城内へと入って行く。
真っ白な建物は、ただただ私達を圧倒させるものだった。この中にたくさん人が働いていて、王様が住んでるとか、本当信じられない。遠足とかでお城見学に行ってもちっとも実感が沸かなかったけど、こうして本当に今も使われているお城を見ても実感が全然沸かないんだから、本当に住んでる人達と私達一般庶民って違う感性で生活してるんだなあと思い知らされる気がする。
真っ白で太い柱の通路を何度も何度も歩いて行った先だった。天井が特に高くて、だだっ広い場所に辿り着いたのだ。奥には真っ白な建物の中でただ金色やら宝石やらが散りばめられた椅子があり、そこには若い男の人が座っているのが見える。あれが玉座って言う物なのかな。だとしたら、この若い男の人……戌亥さんとあまり年が変わらないように見える。そう言えば戌亥さんの年齢、私知らないな……この人が、北都国の王様なんだろうか。
戌亥さんは膝をつき、それに子子ちゃんは倣った。私はこの場合どうすればいいのか分からず「えっ、えっ」とうろたえたけれど、辰巳は小さく短い声ではっきりと言った。
「お前の主は俺だ。道士は師匠以外には膝をつかず、僕もまた仙道の理に準じる」
「えーっとつまりは、膝をつかなくっていいって事?」
辰巳は黙って頷いた。
礼儀って難しい……でもそもそも私、この世界の常識に未だに疎い。私は圧倒的なオーラを醸し出している王様をじっと見ながら、今から始まる謁見の時を待った。




