崩落篇 十二
私が思わず握り拳を作ったまま、じっと辰巳を睨んだ。辰巳はそんな私をじっと凝視する。どれだけ睨み合ったのかは分からなかったけれど、「はあ」の溜息でバチバチとした火花を散らせるのを打ち切ったのは辰巳の方だった。
「……分かった。ただし、絶対に戦になんか参加させないからな。理由は万里の長城で話した通りだ」
「戦えもしない足手まといが戦場になんか来るな、でしょ? 分かってるよ。私、何もできない事位分かってる。やれる事でどうにかするから」
「……分かってるならいい」
そう言って辰巳は踵を返すと、ゆっくりと歩き始めた。
「城にすぐには行けないが、先に宿に行く。明日朝一番に王に謁見だ」
「あ、うん!」
私達は宿へと急いで移動した。この雪の中で急に旅人がやってくるのには、この国の人達は慣れっこなようだった。宿のおかみさんはすぐに部屋を二つ取ってくれた。辰巳と戌亥さん、私と子子ちゃん用だ。
「あらまあ、お客さんわざわざ万里の長城超えて来たのかい? 大変だったねえ。寒かったろう? すぐに食事出すから待っておくれ」
私達の事を知ったおかみさんは共同箇所で食事を出すからと教えてくれ、すぐに去って行った。
「何だか万里の長城に住んでる人達に雰囲気似てるね」
「そうですね……万里の長城でも皆が皆、一人じゃ生きていけないって事を分かっている分、皆優しかったです。この雪にまみれた北都国の方達もそうなのかもしれませんね」
「あー、そっか……」
確か、この山に埋め込まれている宝貝のせいで、雪が止まないんだっけ。こんな場所が南都国と対抗できる位の大国にまでなるとしたら、きっとこの国は南都国にはない何かがあるんだろうな。
案内された部屋は、壁は分厚く簡易的なベッドだけれど布団も分厚くて、なるほどこれなら寝ている間に凍死はなさそうだ。暖炉にはきちんと火がくべられていて、柔らかい光を放っていた。
私達が貴重品だけを持って階段を降りて行ったら、既におかみさんが食事を用意してくれていた。大きな鍋を机の中央に置かれ、取り分け用の器やれんげ、お箸が並べられている。中には子子ちゃんが作ったスープ以上に赤いスープがぐつぐつと煮られ、それは中に敷居を作られていた。片方は赤いスープではなく、白く濁ったスープが煮られている。
「うわあ、何コレ」
「火鍋ですね」
「わあ!」
私は思わず歓声を上げる。
ひくひくと匂いを嗅いでみると、赤い方は思わず涙が出て来そうな位で辛くってこれ以上匂いを嗅ぐ事はできなかったけれど、白い方が鶏の美味しそうな匂いがする。中に煮られているのは白い方は野菜、赤い方が肉みたいだった。辰巳と戌亥さんは黙々と鍋を食べていた。
「ねえ、それは辛い? 辛い?」
「辛くないと寒さに勝てないだろ」
「ああ、そっか」
私は席に着きつつ、辰巳が食べているのをじっと見る。戌亥さんは豪快に赤い方のスープをすくって器を満たし、その中に野菜や肉を取って食べているみたいだけど、辰巳や子子ちゃんは白い方のスープをすくって器を満たしてから他の物を取っているみたいだった。
じゃあ私もそうしよう。白い方のスープを一口飲んでみると、本当に鶏の味が濃厚で美味しい。そしてお肉もやっぱり火傷するんじゃないかって言う位に辛いけど、それでもスープのおかげか食べられない事もない。
辺りを見回してみると、やっぱり皆、火鍋を囲んで食べているみたいだった。これだけ寒いと、やっぱり辛過ぎるって思うものでも取らないよりはマシなんだろうなあと思う。
流石に赤いスープを飲み干す気にはなれなかったけど、白いスープは美味しくって何度でも飲めるものだった。
「それじゃあ、明日は早めに宿を立つ」
「はあい」
「でも、戌亥様はどうなさいますか?」
子子ちゃんがそう言うのに、私達の視線は戌亥さんへと集中した。思えば、この人は面白いからとここまで着いて来てくれたけど、もし辰巳が北都国に出仕するんだったら……。
戌亥さんと子子ちゃんは万里の長城の人だから……。
全然言葉がまとまらない中、戌亥さんは暢気に「んー」と伸びをしてから、赤いスープを一気に煽った。……の、喉、大丈夫、かな?
「んー、正直。もしもの事を考えてるから、俺も辰巳の仕官の際に話を聞けたらいいと思うが、謁見がどうなるか次第かなあ」
「どうなると申されますと?」
「……正直、戦が始まったら、まず一番最初にするのは、長城を壊す事だよなあと」
「はいぃぃぃぃ?」
私が思わず悲鳴を上げるのに、辰巳は黙って私の頭をはたいた。
「あだっ!? あにすんの!」
「うるさい、叫ぶな。あくまで予測の話で大騒ぎするな」
「だけど……!」
「……戦が始まったら、一番最初にするのは戦のしやすい環境を整える事だからな。元々は停戦の象徴だったあれは、戦するとなったら一番邪魔になるんだから、撤去する」
「だけど……! あそこには、人が……」
沢山親切にしてもらえた。
ご飯をくれた人達は元気なんだろうか。行商さんはもう次の国に行ったんだろうか。子子ちゃんの家族は? 蓬莱の枝の人達は?
前に邑が一つなくなっちゃったのに、また同じ事が……ううん、きっとあの時よりも被害は絶対大きい。
私は思わず唇を噛んで黙り込んでしまったのに、辰巳はまた私の頭をはたいた。今度は力が入っておらず、本当に軽く小突く感じだった。
「……何?」
「だから、最低限の被害に抑えるために何とかするんだろうが。だから戌亥は謁見の際の話を聞きたいんだし、俺も仕官を希望する」




