崩落篇 十
ザクリ、ザクリと音を立てる。辺り一面は真っ白な雪原で、この雪原を抜けた先に北都国があるのかと言うのが信じられない。でも辰巳に言われるまま歩いているけれど、ここで合ってるのかが分からない。
土地勘なんてさっぱり分からないから、このまま辰巳を信じて歩くしかない訳だけれど。寒さはもう寒いと言うよりも痛い位だった。痺れてくるような痛みは、凍傷にでもなってるんじゃないかと不安になる位。でも今の所は何もないみたいだから、寒いけど痛いけど我慢するしかない。
「ねえ……」
「何だ」
「このまま、本当に北都国に行くんだよね? 戌亥さんや子子ちゃんは? 特に子子ちゃんは天幕崩す時に巻き込んじゃったから、心配で」
「……問題ないだろ。戌亥がいるんだし。あの音はお前達から大分離れていた俺でも聞こえたんだ。あそこで戦っていた戌亥が気付かない訳ない」
「ん。それならいいんだけど」
大丈夫、ならいいんだ。後ろ髪引かれる気分にはなるけれど。怪我も、何もしてないといいな。本当にそれだけを祈った。
きっと私は調子いいんだろうなと、少しどころかかなり反省しながら。
吐き出した息は案外白くならない。それは私達が冷え過ぎて体温下がってきてるせいなんだろうか。それとも別の要因なんだろうか。
「ねえ、筋斗雲使うのは……」
「こんな場所で使えるか。そもそも仙道がさっきの奴等だけとは限らないんだ。格好の的になるだろ」
「そうかもしんないけどさあ。でも辰巳も含めて雪の上を自由に動けるんだったら、的になるだろうけど、あんまり変わらないんじゃないかなあと思ったりするんだけど。上からだったら、戌亥さんと子子ちゃんを探せるかもしれないし、すぐに逃げればいい訳だからさ」
「……おい」
「何よぉ」
辰巳の口調が少しだけ硬くなったのに、私は思わず身構える。別に辰巳が怒るような事なんて言った覚えはないけど。すんごく怒りっぽいから、絶対辰巳は高血圧で死ぬタイプだと思う。
そんなどうでもいい事を考えて寒さをやり過ごしていると、辰巳は眉にまたも指を突っ込めそうな程に深い皺を作って私を見ていた。
「……何よぉ」
「もしかして、寒いのか?」
「何を言うかな、そんなの言わなくっても寒いに決まってるじゃん。馬鹿なの? って、仙道は修行で温度とかはあんまり関係ないんだっけか」
「……悪い」
「何よ、何でアンタが謝るのよ」
「見逃したからだ」
私が思わず吐き出した言葉に、辰巳はただ憮然と答える。この人は何と言うか、真面目が過ぎるんだと思う。
楽に生きればいいんだろうけど、それをしないし、言い訳しないし、そのせいで偏屈にしか見えないけど、それを曲げる気はないんだろうなあ。
私がヘラヘラしてるから、余計そう見えるのかもだけど。
「別に怒ってないからいいよ。でも、筋斗雲使えないのはもったいないかもね」
「全くだけどな」
「で、あと一体どれだけ歩けばいいのよ。北都国まで」
「本来だったら一晩休みつつ、三日かけて着ければいい所を、襲撃だ。……今晩中に着けばいいんだが」
「ちょっと待って。何で三日分の距離を一日で行くの……!!」
「人間の足で三日だ。仙道だったら、本来は一日で着ける」
「ちょっと待ってったら。私、アンタと違って仙道じゃないんですけど!!」
何を言い出すんだこの人は本当に。あまりに殊勝な事言うと思ってたら、今度は突飛過ぎる事言い出すんだから、何なの本当に。
私がムキャ―としていると、辰巳は軽く地面に膝をつけると、私の足に触れる。私の足は雪原用に子子ちゃんが用意してくれた履き物で包まれていた。流石に草履でこんな雪原越えられる訳もない。辰巳が軽く私の足に何かを指で書くのに、私は怪訝な顔をした。人の仙力に頼ったり、術式を強化するんだったら、尻尾のない辰巳でも仙術は使える……だったっけか。
やがて辰巳は立ち上がって、軽くついた雪をはらった。
「これで俺と同じ程度には歩けるはずだ」
「何やったの?」
「主僕契約の応用をした。流石に身体の鍛練を行っていないお前が俺の体術の模写をそのままはできないが、雪面歩行位なら模写できるはずだ」
「あらま、そんな便利な事ができたんだ……って、何で最初にそれしてくれなかったの!?」
「……戌亥や子子の前でお前を僕扱いするのか?」
「え、私に気を使ってくれたからなの?」
辰巳は何も答えず、ただぷいっと前を向いた。
「これから数刻歩けば、北都国の城壁が見えるはずだ。行くぞ」
「……あ、うん。分かった」
ちっ、はぐらかされた。
でもまあ、いっか。辰巳が珍しく優しかった事はちょーっと気持ちが悪かったけれど、悪い気はしなかったから。
確かにさっきみたいに雪に足が埋まる感覚ではなく、雪の上でも普通にアスファルトの上を歩くような軽快さで歩く事ができた。すごい。と言うか仙道の人達ってどんな修業して雪原を歩ける特訓してるんだろう。
ふくらはぎがパンパンになって太くなるような恐怖は、歩きやすくなったせいか不思議と感じなかった。辰巳に言われるまま、歩き続けていた矢先。白い白い壁が一面に広がっているのが見えた。
「ふわあ……ここ、だよね。北都国は」
「ああ。通行許可証は持ってるか?」
「あ、うん」
首には一応かけたままだったし、首元を確認したらそれは取れてはいないようで、心底ほっとした。戌亥さんと子子ちゃんは……二人は仙道じゃないから、まだ着いてないみたいだった。
夜でも門番の人達は出ているようだった。巽と私を見ると、心底怪訝な者を見る目で見られた。……ええっと、この国の人達は尻尾あるなしで人を判断するタイプじゃないんじゃなかったっけ? いや、「仲間外れをしてはいけません」と担任の先生が口酸っぱく言ってても、それを素直に生徒が言う事聞いてたら学級崩壊は起こらないのよ。
「身分証明は?」
「自分は仙人郷は甲門下の、辰巳と申します。こちらは万里の長城に籍を置いております卯月と申します」
「え? ええっと、そうです。はい、身分証明証、です」
辰巳がきちんとした挨拶をしてるのに思わず呆気に取られつつ、私は首の物を差し出す。すぐに門番は目を通した。
「……通れ」
「ありがとうございます」
「えっと、ありがとう、ございます!」
あっと言う間に検査は終わって通してもらえた。白い壁を通り抜けた先で、私は思わず息を飲んだ。
壁も真っ白だったけれど、家も店も、道すらも白で統一され、その上に雪が積もっている。所々に道に雪かきされて寄せられた奴が壁を作っていて、子供達が作ったらしい下手くそな顔の作られた雪だるまがオブジェみたいに置いてある。
今は夜でほとんど人通りはないけれど、道幅は明らかに今まで通ったどこの国や邑よりも広い。
ここが、北都国なんだ。
「でも、これからどうするの? 宿なんて取れないだろうし」
「これから北都国王に謁見する」
「……はいぃぃぃぃ?」
辰巳の返答に、私は思わず間延びした間抜けな返事をした。




