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崩落篇 九

「あいにく主上との逢引きの約束があるんだ。さっさとそのひとでなしを渡してもらおうか。兄弟」

「お前と兄弟になった覚えなんぞねえよ。そもそも仙人郷を裏切ってるような仙道に兄弟扱いされるような安い修業は受けちゃいないんだ」

「そうか、残念」


 辰巳はイラッとした顔をそのままに、私を背に庇ったまま、じっと男を凝視している。きっといつもみたいに突破口を探してるんだ。吐く息は白く濁って凍って、折角子子ちゃんが気を使ってくれて身体を温めるものを作ってくれたのに、もう身体はすっかりカチコチとして寒くて仕方がない。

 ああ、これだからきっと眠ったら死ぬって言われるんだ。そりゃこんな所で寝たら死んじゃうわ。だって辺り一面真っ白で、もうどこに北都国あるのかなんて分からないもの。

 少しだけうつらうつらとしてきた頭をどうにかしようと、マントの下でぎゅっと手の甲をつねってどうにか堪えた。


「寝るなよ。寝たら死ぬ」

「分かってるよー、そんな事。でもあの人どうすんの。あの人どうにかしないと、子子ちゃんも戌亥さんも探せないじゃん」

「さっきやり合った奴とあいつの宝貝は、恐らく兄弟宝貝だろ」

「何それ」

「同じ仙道が作った物だと、それぞれ似ている形状で違う術式を施すものがあるんだよ。剣だって同じ鍛冶師が同じ形状でそれぞれ異なる特徴を持たせたものを兄弟剣と言ったりするだろ」

「はあ……同じ作家さんのシリーズ……連作って事か」

「そう言う事だ」


 辰巳にそう言われて、私は背中から男の刃を見る。あの時、私が全く動けなくなったのも、あれが宝貝だからって事だからでいいのかな。


「何か前に動けなくなった……酉さんの宝貝と同じような気がする。でも酉さんの宝貝みたいにぶつけられた覚えなんてないよ」

「あいつのか……」


 辰巳があからさまに眉間に皺を寄せるような勢いで嫌そうな声を上げるのに、不謹慎ながら私は笑って背中を叩くと、辰巳は心底嫌そうな声で「集中が途切れるからやめろ」と言って来た。それにますます私は笑いを堪える。


「今は関係ないじゃん」

「それとこれとは話が別だ」

「なかなか人って物事許せないもんだね」

「人間ってのはあいにくそういう風にできてるんだよ」

「本当、きりがないね」

「全くだよ」


 あちらも空気を読むなんて事をしてくれる訳がなく、こちらに刃を飛ばしてくる。それを辰巳は剣を大きく振り払って、遠くへと刃を打ち返す。そうだ。あれが地面に突き刺さった時、私は動けなくなったんだ。

 だとしたら、宝貝の発動条件は地面に刺さる事? ううん、違う気がする。だって今は巽は普通に動けてる。私はあの時、雪に顔をつんのめらせても窒息するんじゃないかって言う位動けなかった。だから、多分地面に刺さる以外に何か条件が……。

 そこで気が付く。

 ここは雪が降っていて真っ暗で、でも同時に真っ白なんだ。どういう事かと言ったら、雪が光を乱反射させて、真っ白な雪がわずかな光源でも光を出しているからだ。だとしたら……。


「辰巳、もしかして、宝貝の発動条件は」

「影だろうさ、恐らくだが」

「あー……影を突き刺して身動きを拘束させてたんだ」


 向こうの人は刃を使いながら、こちらに何度も何度も刃を投げて来るが、それだけなのかな。だって、手のうちが読めてしまっているなら、辰巳はすぐにそれを逆手に取ってしまうのに、辰巳はまだ何かを読み切れてないと言うか。

 動けなくするだけだったら、打ち返して相手の刃の品切れを待てばいいけど。でも何かを見落としているような気がする。

 だってあの人、刃を投げ続けているのに、余裕しゃくしゃくのままじゃないか。


「……おい、動けるか?」

「え? そりゃ動けるけど」

「俺が合図したら、地面に突き刺さっている刃、一本でも多く回収しろ」

「え? どうゆう事」

「あいつは時間経過を狙ってる」

「ん?」


 辰巳が言っている意味が分からないまま、私が首を傾げた時。ようやくずっと向かい合ったままだった男が動いた。大きく打ち込んできたのは、宝貝ではないけれど剣だった。相手の男は辰巳よりもずっと体格がいいから、自然と辰巳は刃を噛みあわせたまま、持ちこたえるだけで精一杯になる。少しでも剣が離れたら……辰巳がやられる。

 私が思わず息を飲んだ時。

 辰巳がわざとのように剣を鈍い音を立てて下から突き上げるように力を止める。途端に男は剣を少しだけ浮かせて上から辰巳を貫こうとしたが、今度は辰巳が下からその剣を受け止める。

 ……これが、合図だ。私は思わず走り出した。雪が降り積もって、修業も何もしてない私はその中で走る事もできない。何とか外が真っ白になっても、剣の音は近くに感じ、それが続いている限りは辰巳は無事だ。それにほっとしつつ、地面に落ちている刃を見つけると、それを抜いた。そう言えば。この刃に影を縛られたせいで、私は動けなくなったけど。手から離れたらもうその術は使えないのかな。

 私は何とか見つけたら、それに雪玉をぶつけて刃を横に倒し、それを拾って回収していった。

 剣戟はまだ続いている。よかった。まだ辰巳は大丈夫そうだ。でも。刃は何とかマントの中に入れておいたけど、辰巳が押されてる?

 目を凝らすと、私と身長が変わらない辰巳の方が、大柄な男に相変わらず剣でがんがんと上から責めたてられているのが見えた。どうしよう……。私は手に持っているのは刃位で、宝貝の使い方なんて分かんない。そもそも術式を発動させる事なんてどうすればいいのか分かんないし。後は……私は何個か作った雪玉を見る。

 ……投げる位なら。投げる位なら大丈夫、かな。


「辰巳、当たったらごめーん!!」


 思いっきり側面から大きく雪玉を投げると、辰巳はあからさまな不機嫌面で、身を屈めて避けた。男はそれを避けようとした所を、辰巳の剣が決まった。

 血が、また噴き出る。

 何度見ても、この光景は好きにはなれないけれど、今は辰巳が無事でよかったと思っている私は浅ましい。

 私は思わず唇を噛んだ後、辰巳の傍に寄って行った。


「辰巳! 大丈夫?」

「何とか」

「術って結局は……」

「……影が動くのを見計らってたんだろうよ」

「え?」


 そこでようやく私は地面を見た。気付けば雪に落ちていた影が大きくなっていた。見てみたら、さっきまでテントがあったはずの場所がこの雪の中、見事に小さな雪山になっていた。この影が伸びていたのだ。


「じゃあ、このまま動きを止められてたら」

「そのまま俺は動けないまま。お前をさっさとあの女の元に連れて行ってたんだろう」

「……そっか。あんがと」

「いい加減、戌亥と子子と合流するぞ」

「この雪の中どうすんの」

「もうこの雪の中だと、北都国に進むしかないだろ。仙道が来てる以上、一箇所に留まってやり過ごすよりも、そっちの方がまだましだ」

「さいですか……」


 思わず私がぐんにょりしたけれど、辰巳が剣の血を大きく振り払って、雪がわずかに赤黒くくすむのを見ていたら、もう何も言えなくなっていた。

 今は、前に進むのみ、だ。そりゃ真っ白だし眠いし、何か襲われたけど。

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