表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/113

仙人郷篇 七

 辰巳は戌亥さんを睨みながらも、立ち上がった。

 そして、剣を構え直す。


「あの、私全然戦いの事とか分からないんですけど」

「何だ?」


 副官さんは相変わらず騒がしい盗賊さん達を横目に見つつ、私の話を聞いてくれる。


「あの長い布と辰巳の剣だったら、どっちのが凄いんでしょうか?」

「そりゃ難しい質問だなあ」

「えっ、そうなんですか?」

「ああ」


 戌亥さんはすぐに辰巳にさっきの……禁鞭、だったっけか。それを使えばいいのに、未だに手元でうねうねとうねらせているだけで、使ってこようとしない。

 辰巳は剣を構えたまま、全く動かず、ただ戌亥さんを睨んでいる。

 ……どう見ても、辰巳の方が不利な気がするんだけど。だって、戌亥さんの方が守備範囲広いんじゃないかな?


「普通に考えれば得物の守備範囲が広い方が強いが、状況が状況だ。例えば、弓矢と剣、どっちが強いと思う?」

「どっちって……」


 どっちも殺傷能力強そうに思えるけど、刃が大きいんだから、剣の方が強そうな気がする。


「剣……?」

「まあ、近距離だったら弓を引く前に剣でさっくりやられるからな。でも遠距離だったら?」

「そりゃ剣が届かないんだったら、遠くまで届く弓矢が圧倒的有利……あ」

「そう言う事だ」


 辰巳と戌亥さんは確かに距離を取っている。

 でももう辰巳は戌亥さんの禁鞭を見ちゃったから、さっきの剣の小競り合いと同様、間を詰めて禁鞭を使えないようにしているんだ。


「えっと、その場合って、どうなるんですか?」

「そりゃ決まってるさ」


 副官さんは、そう言いながら2人を交互に見やる。


「地の利、天の利が取れた方が勝つだろうさ」


 その時、風が吹いた。私は思わずスカートを押さえている間に、2人が動いた――。

 風が吹いたと同時に、戌亥さんは地面を蹴った。そのまま砂を蹴って辰巳の目くらましをしたのだ。でも辰巳は風を吹いたと同時に目を閉じてしまった。って、目を閉じてどうやって戦うのよ!?

 そう思う間もなく、戌亥さんの禁鞭が辰巳目掛けて跳んできた。でも今度は辰巳はそれを避ける。禁鞭は戌亥さんの意志通り辰巳を追いかけるけれど、それを辰巳はひたすら避ける。

 って、ここ。ただでさえ道を1つでも外れたら断崖絶壁なのに、何で目を閉じて平気で避けられるのよ!! しかも自分からどん詰まりまで跳んで行くし!! そこ、行き止まり! 行き止まりなんだったら!


「こりゃ、勝負あったな」


 副官さんがそう呟くのと同時に、禁鞭がどん詰まりに向かう辰巳にまっすぐ跳ぶ――!

 辰巳の目が開いた。


「え……?」


 辰巳は壁を蹴って側面を跳び、そのまま戌亥さんの背後を取ったのだ。

 そして、剣を戌亥さんの首筋へと当てる。


「これでおしまいだ」


 跳んできた禁鞭の先を踏ん付けて、これ以上跳べないようにした上で。

 と、戌亥さんの大きな背中が震えている。


「……っく」

「何だ? 気が触れたのか?」

「……っくっくっくっくっくっ、はっはっはっはっはっはっは……!!」


 そのまま戌亥さんは笑い出してしまった。

 えっ、どゆ事?


「はっはっは……いやあ、面白かった。そういやまだ名前訊いてなかったな? 名前は?」

「……辰巳だ」

「辰巳か。いい名だ」


 戌亥さんは面白そうに辰巳の方へと振り返るけれど、辰巳はまだ剣を戌亥さんに向けたままだ。でも戌亥さんは気にしている素振りはない。


「まあこっちが力でごり押ししか能がないからなあ。面白かった」

「……別にこちらはお前を面白がらせるために戦っていた訳じゃない。さっさと立ち去れ」

「まあまあ。少しだけ質問させてくれや」

「…………」


 辰巳は嫌そうに剣を向けたまま戌亥さんを見やった。


「お前、何で宝貝を使わなかった?」

「…………」


 あれ?

 そう言えば辰巳、仙術は宝貝がないと使えないとか言っていたようだけど……。でも霞斬ってたよね……?


「それ、俺の目に狂いがなければ、宝剣莫邪に見えたが。上等な宝貝だ。これさえあったら、霞だけじゃなくって俺ももっと簡単に斬れたと思うが?」

「黙れ……」


 辰巳の声色に焦りが滲む。

 あれ……。

 その瞬間。

 辰巳の足下の禁鞭がいきなり動いた。


「っ……!?」


 辰巳が避けるよりも早く、それは辰巳の足下をすり抜け、背後に伸びると。

 辰巳の尻尾を切り落とした。


「って、ちょ……!!」


 私は思わず叫ぶ。

 でも。

 あっ……あれっっ?

 血が飛び散るんじゃと思ったけど、全然そんな事はなく、ただ地面にぼとりと辰巳の灰色の尻尾が落ちただけだった。

 なあんだ……。

 私がほっと溜息を吐くけれど。


「おい……あいつまさか」

「…………」


 盗賊さん達の、さっきまでの観戦雰囲気から一転、一気に体感温度が下がってしまったように感じた。

 えっ、何? この雰囲気……。

 私は驚いて副官さんを見るけれど、副官さんも黙って、さっきまでの涼しげな表情を引っ込めて、険しい顔をするだけだった。


「やっぱり」


 唯一、さっきまでの飄々とした態度が全く変わらない戌亥さんだけは、にこやかに辰巳を見ていた。


「殺す……」


 対する辰巳は、さっきまでの神経質さは何だったのか、声色は焦りと怒りと憎しみがない交ぜになった、黒い声を上げて、剣を構え直していた。

 けど、戌亥さんは全く構える気がなく、手元にしゅるしゅると禁鞭を呼び戻すと、そのまま腰に巻き直してしまった。

 そして、「今日の晩メシ何?」みたいな軽いノリでこう言った。


「お前、ひとでなしだろ?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ