仙人郷篇 七
辰巳は戌亥さんを睨みながらも、立ち上がった。
そして、剣を構え直す。
「あの、私全然戦いの事とか分からないんですけど」
「何だ?」
副官さんは相変わらず騒がしい盗賊さん達を横目に見つつ、私の話を聞いてくれる。
「あの長い布と辰巳の剣だったら、どっちのが凄いんでしょうか?」
「そりゃ難しい質問だなあ」
「えっ、そうなんですか?」
「ああ」
戌亥さんはすぐに辰巳にさっきの……禁鞭、だったっけか。それを使えばいいのに、未だに手元でうねうねとうねらせているだけで、使ってこようとしない。
辰巳は剣を構えたまま、全く動かず、ただ戌亥さんを睨んでいる。
……どう見ても、辰巳の方が不利な気がするんだけど。だって、戌亥さんの方が守備範囲広いんじゃないかな?
「普通に考えれば得物の守備範囲が広い方が強いが、状況が状況だ。例えば、弓矢と剣、どっちが強いと思う?」
「どっちって……」
どっちも殺傷能力強そうに思えるけど、刃が大きいんだから、剣の方が強そうな気がする。
「剣……?」
「まあ、近距離だったら弓を引く前に剣でさっくりやられるからな。でも遠距離だったら?」
「そりゃ剣が届かないんだったら、遠くまで届く弓矢が圧倒的有利……あ」
「そう言う事だ」
辰巳と戌亥さんは確かに距離を取っている。
でももう辰巳は戌亥さんの禁鞭を見ちゃったから、さっきの剣の小競り合いと同様、間を詰めて禁鞭を使えないようにしているんだ。
「えっと、その場合って、どうなるんですか?」
「そりゃ決まってるさ」
副官さんは、そう言いながら2人を交互に見やる。
「地の利、天の利が取れた方が勝つだろうさ」
その時、風が吹いた。私は思わずスカートを押さえている間に、2人が動いた――。
風が吹いたと同時に、戌亥さんは地面を蹴った。そのまま砂を蹴って辰巳の目くらましをしたのだ。でも辰巳は風を吹いたと同時に目を閉じてしまった。って、目を閉じてどうやって戦うのよ!?
そう思う間もなく、戌亥さんの禁鞭が辰巳目掛けて跳んできた。でも今度は辰巳はそれを避ける。禁鞭は戌亥さんの意志通り辰巳を追いかけるけれど、それを辰巳はひたすら避ける。
って、ここ。ただでさえ道を1つでも外れたら断崖絶壁なのに、何で目を閉じて平気で避けられるのよ!! しかも自分からどん詰まりまで跳んで行くし!! そこ、行き止まり! 行き止まりなんだったら!
「こりゃ、勝負あったな」
副官さんがそう呟くのと同時に、禁鞭がどん詰まりに向かう辰巳にまっすぐ跳ぶ――!
辰巳の目が開いた。
「え……?」
辰巳は壁を蹴って側面を跳び、そのまま戌亥さんの背後を取ったのだ。
そして、剣を戌亥さんの首筋へと当てる。
「これでおしまいだ」
跳んできた禁鞭の先を踏ん付けて、これ以上跳べないようにした上で。
と、戌亥さんの大きな背中が震えている。
「……っく」
「何だ? 気が触れたのか?」
「……っくっくっくっくっくっ、はっはっはっはっはっはっは……!!」
そのまま戌亥さんは笑い出してしまった。
えっ、どゆ事?
「はっはっは……いやあ、面白かった。そういやまだ名前訊いてなかったな? 名前は?」
「……辰巳だ」
「辰巳か。いい名だ」
戌亥さんは面白そうに辰巳の方へと振り返るけれど、辰巳はまだ剣を戌亥さんに向けたままだ。でも戌亥さんは気にしている素振りはない。
「まあこっちが力でごり押ししか能がないからなあ。面白かった」
「……別にこちらはお前を面白がらせるために戦っていた訳じゃない。さっさと立ち去れ」
「まあまあ。少しだけ質問させてくれや」
「…………」
辰巳は嫌そうに剣を向けたまま戌亥さんを見やった。
「お前、何で宝貝を使わなかった?」
「…………」
あれ?
そう言えば辰巳、仙術は宝貝がないと使えないとか言っていたようだけど……。でも霞斬ってたよね……?
「それ、俺の目に狂いがなければ、宝剣莫邪に見えたが。上等な宝貝だ。これさえあったら、霞だけじゃなくって俺ももっと簡単に斬れたと思うが?」
「黙れ……」
辰巳の声色に焦りが滲む。
あれ……。
その瞬間。
辰巳の足下の禁鞭がいきなり動いた。
「っ……!?」
辰巳が避けるよりも早く、それは辰巳の足下をすり抜け、背後に伸びると。
辰巳の尻尾を切り落とした。
「って、ちょ……!!」
私は思わず叫ぶ。
でも。
あっ……あれっっ?
血が飛び散るんじゃと思ったけど、全然そんな事はなく、ただ地面にぼとりと辰巳の灰色の尻尾が落ちただけだった。
なあんだ……。
私がほっと溜息を吐くけれど。
「おい……あいつまさか」
「…………」
盗賊さん達の、さっきまでの観戦雰囲気から一転、一気に体感温度が下がってしまったように感じた。
えっ、何? この雰囲気……。
私は驚いて副官さんを見るけれど、副官さんも黙って、さっきまでの涼しげな表情を引っ込めて、険しい顔をするだけだった。
「やっぱり」
唯一、さっきまでの飄々とした態度が全く変わらない戌亥さんだけは、にこやかに辰巳を見ていた。
「殺す……」
対する辰巳は、さっきまでの神経質さは何だったのか、声色は焦りと怒りと憎しみがない交ぜになった、黒い声を上げて、剣を構え直していた。
けど、戌亥さんは全く構える気がなく、手元にしゅるしゅると禁鞭を呼び戻すと、そのまま腰に巻き直してしまった。
そして、「今日の晩メシ何?」みたいな軽いノリでこう言った。
「お前、ひとでなしだろ?」