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崩落篇 六

 雪の上を走ると、雪がかかれて飴細工を踏んだような音が響く。息を吐けば白く濁ったと同時に氷の粒が生まれる。その極寒の地で襲ってきた相手は、明らかに雪の上を走り慣れていた。

 北都国の人間? とは思えなかった。北の人間は皆、雪のせいで雪かき以外の時は大概屋根の下に閉じこもっているのだが、この男の肌は日によく焼けて黒い。おまけに戌亥みたいな放牧民ならいざ知らず、雪国の人間とは思えない位に薄い外套で走り回っているのだから、あれは俺と同じ人種と思っていいだろう。……師匠と言い、他の仙人共と言い、一体修業をつけるって事を何だと思っているんだ。

 外套からはみ出る髪は真っ白、尻尾の数は八尾。相当の仙力を蓄えているであろう男は、俺と剣でせば釣り合いながらも、口元に笑みを浮かべたままだった。


「仙人郷をいつ裏切った? お前は」

「はっ……! 我らが主上はあくまで丁様ただ一人。そのためだったら、仙人郷での厳しい修行位耐えられるわ……!」

「宝貝目当てに仙人郷に篭もったか……あそこは本当に放任が過ぎるんだよ」


 俺も人の事なんて全く言えないか。

 そもそもが竜を召喚しようと思ったがために卯月を余計な事にまで巻き込んだんだから。俺は自重したまま一度大きく剣を薙いだ後、背後に飛んだ。白い雪煙が舞う。あの剣は俺の剣と同じく宝貝って事はないだろう。仙力らしきものが蓄えられているようには思えない。

 だからと言って、あの薄い外套に隠せるような大きさの武器だとしたら──。考えてから大きく後ずさりをすると、案の定何かがこちらに襲い掛かって来た。それは針のようにも見えるが、針にしては太すぎるし、短刀にしては細過ぎる。果物包丁……のような物にも見えない刃だった。それが俺の足元に突き刺さったのだ。

 俺が避けたのを見て、「はっ」と口元を歪ませる。金色の目は俺が避けるのを早くも予想していたような顔だった。


「流石は主上が危険視する事はある。お見事」

「見事って……あいつがそこまで俺の事を危険視しているようには思えなかったが」

「異界から娘を召喚できる程度に、貴様は頭が働き過ぎる」


 あれは術式の誤用だったんだがとは、答える義理がないから言う気はない。でも、あいつは異界から卯月を召喚したと気付いてから、やけに俺達に絡むようになったんだ。何も関係ない事はないだろう。

 と、わずかだが仙力がこの場にたゆたっている事に気付き、俺はまたも避けた。雪の積もった地面に突き刺さっていた刃は、独りでに抜けたと思ったら、俺の方へと追撃かけてきたのだ。

 刃が俺の首筋に突き刺さろうとするとの、どうにか剣で薙ぎ払って地面に突き落としたが、それでもなお浮き上がると俺を突き刺そうとしてくる。一体どんな操作で動いてる? 俺は逃げつつ、こちらを鋭く抉ろうとする刃を薙いでいるのを、男はにやりと笑いつつ見る。

 仙術は文字や円陣を使って術式を使う。何の操作もせずに刃を操作できる訳もないが、刃には特に文字が掘られた跡も墨で文字が描かれている事もない。だとしたら、あれが宝貝。


「暗記が宝貝とは、いい趣味だな。本当に」

「ええ、主上の与えてくれた素晴らしいものです」


 いくらすごいとは言えども、丁もいつかの時のように刺青で使う宝貝を使う事はしないか。だとしたら、この宝貝はどうして俺を追いかけてくる? 自動追撃ができるのだったら、男はもっと早くから俺に宝貝を使ってこれば済むはずなのに、それをしてこなかったと言う事は、追撃できるためには条件が必要なはずだ。

 刃は何度も何度も薙ぎ払っても、地面に突き刺さった後に抜けると俺を追って来る。雪の上を必死で駆けてく中、男は薄ら笑っているだけだった。それに少しだけ癪に思いつつ、言葉を投げかける。


「あの女だったら、俺が苦しんでから殺すのを主義とするだろうな。俺が何も考えている間もなく殺すなんて言う事をよしとする訳がない」

「主上の事をよくご存じで」

「あの女にずっと踏まれ続けてたんだ。嫌でも理解ができるよ」


 そう。あの女は尾なしを人間だと思っていない。だからと言って家畜のように即殺すのではなく、殺す場合は最大限恐怖を植え付けて絶望するのを見てから殺すのをよしとする。尾なしの邑人を野菜の収穫のように生贄を差し出して殺させるように仕向けるような悪趣味な事をするのは、明らかにあの女の趣向だ。

 自動的に追撃をかけられる機能がないとしたら、何らかの方法で俺に追撃をかけられるようにした訳だが。一番最初に投げてきたのはあの男。そしてそれ以降はあの男は何の指示も出していないようだった。特にあの刃は俺に掠めていない。だとしたら、一体何で俺を追撃かけるようになった?

 考えている間も刃は俺を突こうと襲い掛かって来て、またも剣で打ち返した時、男の方へと刃のうちの一本が飛んだ時、男が大きく下がるのに気が付いた。さっきまで傍観していたあの男がわずかとは言えども動いた事に、俺は眉をぴくりと動かす。

 もしかして──。俺は自然と唇を釣り上げた。


「そうか、からくりが分かった」

「……分かった所で、この刃を避けきる事はできると言うのですか」

「それはこれから考える」

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