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崩落篇 五

 辰巳の発言に、私はそんなリアクションしか取れなかった。丁がまだるっこしくあれこれやってるのの、何がどうしてそうなるのか、私にはさっぱり分からなかった。

 暴力的な雪はしんしんと降り積もり、私の間の抜けた声すらもその身に吸い込んでしまっていた。

 辰巳は私の反応は承知だったのだろう。深く深く溜息をついて、こくんと頷いた。深く深い溜息が、その場の空気を白く濁らせた。


「目的があるのは間違いないと思う。その目的のための一過程だって言うのもまた。ただ」

「うん……その間の事を何も考えてないって事なの?」

「恐らくは。ただ一つだけ言えるのは


 そう一区切り付け、辰巳は黙って外を見る。暴力的な雪は音を吸い込んでしまう。でも。

 雪の重さに負けて、ぱきりと木の枝が折れ、それと一緒に積もった雪がばさばさと落ちていく。自然の驚異って本当にすごいし怖い。

 やがて辰巳は一言、ようやく言った。


「あの女の欲には際限がない。その上に、理由も意味もない」

「……前から思ってたんだけどさ。あの人どうして仙人修業できたの? 甲さんも辰巳も、欲らしい欲なんて全然ないじゃん」

「師匠から詳しく聞いちゃいないが、一人で血塗れになって倒れてた丁をそのまま拾ったんだと」

「血塗れって……一人で大量を殺したって事?」

「まさか。あの女は自分で手を出す事なんてしない。あいつは碁盤を上から見下ろして物事を考えるのが好きなだけだよ」


 この世界、碁盤あったのか。

 私は謎の感動を覚えつつ、折角子子ちゃんが作ってくれた辛いスープの効力がそろそろ切れかけている事に気付き、ぎゅっとマントの袖を寄せる。冷たいって感覚は麻痺し過ぎると痺れるって感覚に近くなってくると思う。私が寒そうにしてるのに気付いたのか、辰巳は黙って竹筒を出した。中に入ってるのは、お茶や水だと凍ってしまうからとお酒だった。戌亥さんが飲んでいた時の匂いを思い出し、私は思わず首を振る。


「私、まだ未成年だし」

「寒かったら死ぬぞ。死活問題なら未成も糞もないだろ」

「仙道がそんなんでいい訳?」

「俺はそう言う修業積んでるから、別にこれ位だと死なない」

「便利なんだかどうだか分かんないー。でもありがと」


 私はそっと蓋を開けると、思わず鼻をつまんで飲んだ。喉がヒリヒリと焼きつくような感覚に、苦いのか辛いのかよく分かんない味。私はきっと大人になっても、お酒飲めるようになるのか自信がなかった。それでも身体はアルコールのおかげかポカポカとしてきて、さっきまで感じていた痺れは消えている事に気が付いた。思わず私は「おー」と言いながら手をグーチョキパーとさせる。



「ありがとう。じゃあ私、そろそろ寝るね、おやす……」

「待て」


 辰巳の声が険しくなったのに、私は思わずびくりとする。

 外で枝がパキリと折れる音がした。雪のせいじゃない。落ちてる枝を、誰かが踏んだのだ。遠くだったらこの雪のせいで、きっと音はここまで届いていない。音が吸われない位に、近くに誰かがいるのだ。

 辰巳はマントの下から剣を抜いて、構えた。既に奥で休んでいたはずの戌亥さんも子子ちゃんも起き始めていた。私は思わずマントの裾をぎゅっと掴む。


「誰?」

「奇襲ってとこだろ。よっぽど俺達に北都国に行って欲しくないか……逆だな」

「逆って……」

「行って欲しいって事だろ」

「いっだ……!?」


 辰巳はまたも私をいつかのように突き飛ばした。いい加減何度も何度も突き飛ばされてたら、TPO関係なく突き飛ばされ慣れてくる。こんな突き飛ばされ慣れてるって言うの、履歴書にも書けない特技だと思うの……。そう思いつつ、がっちがちに固まった雪で頭を打たないようどうにかして転がった。それでもやっぱり痛い。

 辰巳は雪の上でも、まるで地面の時と同じように、音がした方へと走って行き、勢いを付けて飛んで剣を掲げた。途端にガツンと金属と金属のぶつかり合う音が響く。ギリギリと言う音を立てて剣の混じり合う音が聞こえる先にいたのは、白い面を付けた、同じくマントで全身を隠している人であった。男なのか女なのかは、顔を覆っているのもあって、マントで身体のラインが隠れてしまって分からない。


「一人って事はないよな……?」

「貴公らには我らが主上のために、盤上の駒として働いてもらわないと困るのだよ」


 辰巳の剣を受けながら、その男は小難しい事をのたまうのに、思わず私はむかっとした。辰巳の言ってた事まんまじゃん。あの女……。思わずむっとしている中、戌亥さんは大きく腰の金鞭をしならせた。大きな綿雪も切り裂いてしなる鞭に、白い面にマントの人々が次々と倒れていく。って、一体どんだけ雪に紛れて隠れてたっつうのよ!?

 と、マントの裾を引かれるのに気が付いて舌を見下ろすと、子子ちゃんが困った顔のまま首を振った。


「私達だと、足手まといになります。せめて、ここで大人しくしていましょう」

「うん。けど……」

「怖いかもしれません。何かしないといけないって思うかもしれません。でも……何もしないって言うのも、戦いなんです」


 子子ちゃんの言葉は力強い。私はただ張ったテントからじっと見た。既に乱闘が始まっていた。この夜、光源はテントに作った簡易的な釜戸だけで、雪のせいで星明かりすらこの一帯には届かない。きっと万里の長城の方が、宝貝の影響が低かったんだなと今更思う。

 それでも子子ちゃんは私に何かを突きつけてきた。強い薬の匂いがして、いつか子子ちゃんが投げていた薬の入った袋だと言う事が分かった。


「逃げる事ができないと思ったら、これを投げて下さい。卯月さんのあの霧は、ここでは使えないでしょう?」

「そうだね……アルコール……お酒詰めたら使えるかもしれないけど、今は駄目かも」


 防犯スプレーの液体は、この寒さで凍ってしまってる。投擲武器にはなるかもだけど、辰巳はこのスプレーの霧状になる方法を知りたがってたから、ケースを捨ててしまう事は今はしたくなかった。

 投げる武器は手に入れた。でもこれを投げるのは最終手段だ。

 雪すらも吸い取れない程の激しい音を聞きながら、私達は冷たい外の戦場を、凝視していた。戌亥さんは何人もの人達を金鞭で薙ぎ払い、辰巳は何人かと剣を構えていた。こちらにやってきそうな人達は、どうにか戌亥さんが金鞭だけでなく大剣を使って薙いで防いでくれていた。

 逃げ出す事すらできないこの状況で、ただ私達は薬の入った袋をお守り代わりに掴んでいた。

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