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崩落篇 四

 雪で足が重たいのをどうにか引きずりながら、私達は野営の準備を始めた。雪を辰巳と戌亥さんの剣で掘ったら、その上にピンと布張りを施す。布張りで雪よけをしつつ、火の通りがいいよう煙突だけは顔を出した。縄できちんと布張りを施している間に、空気がどんどんと冷たくなっていくのが分かった。

 東京より北になんか行った事ないし、今までの行軍で寒さにはすっかりと慣れたって思ってたけど。でも雪の上をずっと歩いて、疲れて汗を拭うのすら既に致命傷なんて、本当に寒いって言うのは身体は慣れないようにできてるんだなと痛感する。

 全部終わった時にはクタクタになり、中に火をつけてご飯を食べられるようになった時は心底ほっとした。ふわふわと湯気が漂い、わずかな火が暖をくれる。テントの外はきっと極寒だろうに、ここだけはそこから切り離されたようだ。外は雪が音を全て飲み込んでしまったのか、無音じゃないかと思う位静かだった。鼓膜がぶわん、と膨張したような感覚に陥るのは、きっと静か過ぎるからだ。テントの中でかちゃかちゃと食器を用意してご飯の用意をしている、その生活音がぶわんと広がる鼓膜を助けてくれていた。


「はい、卯月さん」

「ありがと……やっぱりこれも辛いかなあ?」

「すみません。これ位辛くないと身体が温まりませんから」

「うう……ありがとう」


 子子ちゃんが火を起こしていつものように干しきのこや干し魚で作ってくれたスープは、匂いからして明らかに香辛料が効いているのが分かった。うう、本当に辛かったんだもの。

 恐る恐る飲むと、やっぱり辛くって喉がヒリヒリと痛むのだけど、同時に身体もぽかぽかと温まってきた。……その日の気候によって料理人は味付けを変えないといけないとは、どこかの料理の本に書いてあった事だけど、それは本当なのかもしれない。万里の長城で飲んだ時よりもずっと美味しく感じたから。


「三日間このまま歩くんだよね?」


 辰巳にスープを飲みながら聞いてみると、辰巳は子子ちゃんからスープを受け取りつつ、地図を広げていた。そして眉間に皺を深く刻んでいる所からして、また何か考え事してる、と言うのが察しがつく。

 辰巳は少しだけ顔を上げると、器からスープをすすった。


「そうだけどな……でも不思議に思って」

「不思議って」

「万里の長城で手を出して来なかったのは分かるが、北都国に近付こうとしているのに、どうして丁が何もしてこないのだろうって」

「え?」


 そう言えば。万里の長城は夜の行軍こそしんどかったけど、南都国の兵から逃げ回るって事にはなからなかった。それに子子ちゃんは困ったように首を傾げる。


「こちらは北都国側の領域のはずですから、流石に南都国もわざわざ卯月さんを追いかける理由がないんじゃないでしょうか?」

「そこなんだが……あの女は何でもかんでもいちいちからめ手で来て、目的がさっぱり分からない」


 辰巳は考え込むようにして、スープをすすった。戌亥さんは首を捻りつつ、お酒を口に流し込んだ。ぶわんと濃いお酒の匂いが瓶から漏れて来て、思わず私は顔をしかめた。


「普通に考えちゃ駄目だな、わざわざ国軍を使ってまで卯月を下方の邑まで追いかけていたんだから。術式を前に乗っ取られかけたと言うのと関係ないのか?」

「あの術式はそもそも卯月を召喚するためのものじゃない。別のものを召喚するためのものだったんだ。そしてそんなものをわざわざあの女が欲しがるかと言うと……今までやってきたあの女の行動からは逸脱する気がする。宝貝を既にばら撒いているんだ。それ以上の行いは、流石に南都国が黙っていない気がする。あの女は南都国に寄生しているんだから」

「卯月の国の人間には尻尾がないと聞いた。その人間達を集めて育毛剤を作ると言うのは?」

「それも少し考えたが……そもそもあの女がわざわざ大国に寄生して、軍事力を強化している目的が見えない」

「北都国と戦うためと言うのも?」

「それもただの通過儀礼に見える」


 辰巳が丁の何を警戒しているのかは分からないけど。でも。辰巳がまたも眉間に皺を深く刻んだのを見て、私は「えい」と眉間に指を突っ込んだ。反射的に辰巳は肩をいからせる。


「阿婆擦れ! 何の真似だ」

「難しい事ばっか考えて。要は辰巳が心配してるのは、ここで私を襲撃されるか否かって、そう言う事でしょう?」


 流石にもう、辰巳がどれだけ言葉が足りないのかはこっちも慣れてきたけど、心配してるんだったら心配してるって言え。馬鹿。

 そうは思ったけど私だって言う気はさらさらない。眉間に指を突っ込んだまま、ピンと弾いたら辰巳は眉間を抑えて顔をしかめた。そのやりとりに戌亥さんは口角を上げ、子子ちゃんは控え目に笑い始めた。


「何で笑うのー」

「いや……そう言えばお前らの痴話喧嘩は久々に見たと思ってな」

「誰が誰と痴話喧嘩!?」

「ふふ……」

「もう、子子ちゃんまでー」


 わいわい笑いつつ、ちらりと辰巳を見た。しかめっ面が若干薄れて、罰の悪そうな顔になっていた。うん。いい傾向かも知れないと思った。

 食事が終わって、はい寝ると言う事はなかった。

 ここは万里の長城ではなく、北都国へと向かう道だ。まだ国境には到達していない。確かに子子ちゃんの言う通り、ここは北都国側だけれど、北都国そのものではないはずなのだ。見張りをしている辰巳の隣で、私は寒い寒いとマントの裾を寄せつつ、辰巳の隣に立つ。

 雪はぼたりぼたりと降って来て、これだけ降るとロマンティックなんて言えず暴力的だと思った。


「ねえ……結局話が流れちゃったけど。辰巳は丁についてどう思うの」

「……あの女は」

「うん」


 暴力的な雪が降る光景の中、辰巳の横顔はじっと考え込んでいるようだった。

 やがて、辰巳は口を開く。


「あいつは、何も考えていないと思う」

「……はあ?」

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