崩落篇 一
昼になったら泥のように眠り、夜になったら行軍を続ける。城壁から見える景色も徐々に派手さが目立つようになってきて、気付けばどちらも煌びやかな音楽やら鮮やかな色彩やらが見て取れるようになった。もっとも、城壁のすぐ傍に国があると言う訳じゃなく、遠くから見えるって感じだけれど。そこは小国と違って大国同士が対立しているからと言うのがあるのかもしれない。
もうすっかり行軍の後は寒さに震えながら、地下街で売っているご飯をむさぼってから眠ると言う生活が板についてきていた。
「あー……つーかーれーたー……」
「お疲れ様です。こちら、商人さんから買いました」
「ありがとう……うわあ、あったか」
段々大国が近付いてきたせいなのか、商人さん達が売るものもどんどん豪華になってきていた。子子ちゃんが今買って来たのは、竹の皮に包んであるちまき。まだ出来立てのあつあつのものを売っているのに、私は急いで竹の皮を捲ると、それを口いっぱいに頬張った。
「おいし~い、幸せー」
「それはよかったです。有名な商店からの出張だそうですよ」
「そうなんだあ……」
そう言えば、元いた世界ではそんなに食べる事に興味がなかったような気がするけど、ここに来てから、特に万里の長城で行軍続けてからは、食べる事だけがただ一つの楽しみになっているような気がする。
そんな事を思いつつも、手は止まらず、あっと言う間に竹の皮にくるんだちまきの中身は空っぽになってしまった。
「ご馳走様ー。あーおいしかった。幸せ……」
「ふふ……本当においしかったですよね、これ」
子子ちゃんと二人で竹の皮を捨てに行こうとしている中。
辰巳は戌亥さんと丑寅さんと一緒に何やら話し込んでいるのが見えた。そっか、と私は思う。ずっと行軍していて思ったのは、山を真っ二つに割っているのが万里の長城なんだから、山頂の付近が寒いのは当たり前。そして、どんどんと寒くなっていってるし、外の景色もどんどん変わるんだから、そろそろ私達は北都国の近くに来ているのかもしれないと言う事。
そろそろ、なのかな。私はそう思っていると、話し合いがようやく終了したらしく、辰巳がこちらに振り返った。
「おい、今のうちに寝ておけ。もうそろそろ北都国に入るぞ」
「はーい」
「何たって大変だしなあ、卯月の処遇が」
「え、私?」
戌亥さんにさらりと言われた事に、私は思わず目を瞬かせると、丑寅さんが頷く。
「ええ。間に合って本当によかったです」
「えっと、ごめん。間に合うって、何が?」
「これです」
そう言って丑寅さんがじゃらんと差し出してくれたのは、竹筒に、何と書いてあるかが読めなかった。
「これは?」
「卯月さん分の身分証明書です。万里の長城から出る以上は、これが必要になりますから、蓬莱の枝のつてを使って作っていました」
「って、私!? 辰巳の分……は?」
「俺は仙道の書簡がある」
そう言って辰巳はぱらんと竹簡を広げた。ああ、そっか。甲さんが辰巳に渡した筋斗雲の入った巻物は、別にただの飛び道具だけな訳じゃなくって、正式な仙道だって言う身分証明書替わりにもなってたのか……。
「厳重なんだね、案外」
「最近は南都国の動きがおかしいから、そのおかげで北都国も随分と警戒していてな。入国検査も随分と厳しくなってるから、身分証明書も必要って事だ」
「なるほど……」
何度も何度も聞いたものね、南都国の事情って言うのは。私は「これどうしよう?」と首を傾げたら、辰巳は自分の巻物を懐に入れると、「首にでもかけとけ」とぶっきらぼうに言った。言われるがままに首にかけつつ、ふと思いついた事を言ってみる。
「明日って、朝なの? 夜なの? 万里の長城を出るのって」
「出るのは昼だ。だから今日は寝る時間が短い」
「えー……うん、分かった」
辰巳にそう言われ、私はひとまず寝床に着く事にした。明日は宿を取って休めるんだろうか。ふかふかのベッドなんて贅沢な事は言わないけど、せめて床に寝るよりもあったかいといいなあ。そう思いつつ、硬い地下街の隅に丸まって眠る事にした。
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久々に夢を見たのに、私はあれ、と思った。
旅を始めてから、丁に無理矢理辰巳のかけた術式に割り込まれた日以来、夢らしい夢は見た事がなかった。
私は意識だけで、山を俯瞰していた。
確か一番上には仙人郷、その下に大国があって、小国、町、邑と続いている。その山を真っ二つに割っているのは、万里の長城で、その線が描かれているのを、私はまじまじと見ていた。
その万里の長城が、地響きを立てて崩れていくのが見えた。
って、え──?
私は思わず目を大きく見開いて、それを眺めていた。
ばらばらばらばらと崩れていき、あっと言う間に山を区切っていた線が消えてしまった。土煙がもうもうと立ち昇るのを、私が呆然と眺めていたら。
更にめりめりと言う音を立て始めた事に気付いた。
って、今度は何よ!?
万里の長城が崩れただけじゃない、邑の方から、めりめりと線が入っていくのが見えたのだ。最初は万里の長城が生えてきたなんて馬鹿な事を考えていたけど、そんな訳はない。めりめりと入っていく線から、ばらばらと岩が、樹が、草が、落ちていく。
悲鳴があちこちから聞こえた。
「仙道が!」
「ひとでなしが!」
「大国が!」
「王が!」
「ひとでなし!」
「ひとでなし!」
悲鳴を全部は聞き取れなかったけど、嘆きと絶望、そして根底には憎悪が滲んで、山が勢いよく土肌を奈落へと落としていくのが分かる。
何コレ。ねえ、これって一体何なの。
何もかも分からない中、目映い光が見えたような気がした。
あれは、一体何? それがどこから漏れているのか分からないまま、私の意識は覚醒していった──。




