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万里の長城篇 十

 散々泣いて、ぐずぐずと鼻水を布で拭って、どうにか流す事ができた。ああ、きっと。今の私は本当にブスな顔をしているんだろう。私が鼻水をすすっていると、辰巳はプイと私の顔から逸らしているのが見えた。


「でも……変だな」

「ん。何が?」

「丁の事だ」

「ん……丁が変って、私を追いかけ回している理由?」

「最初は、お前の国の人間を狙っているのかと思った」

「え? 話が見えない」

「お前の国の人間は全員、尾なしなんだろう?」

「え……? うん」


 一瞬すごく嫌な予感を感じながら私が頷くと、辰巳は私から顔を逸らしたまま、眉間に皺を作って考え込むように顎をしゃくった。


「あのさ、どういう意味?」

「最初は育毛剤の材料を得るために、お前に目を付けたのかと思っていた。勝手に俺の術式に割り込んで、お前から情報を抜こうとしていたからな」

「ちょ……!? まさかと思うけど、私の世界に行って、人を狩る気だったの!?」

「あくまで可能性の一つだ。あいつは尾なしを人間だなんて思っちゃいない」

「そのさらりと怖い事言うのやめてくれない!? そりゃ……あの人がおかしいって事は、辰巳から散々聞いてるけどさ、それでも……」

「それなんだ。だからおかしいと思ってる」

「えっ? どれがそれなの」

「……そもそも、術式を抜くだけだったら、お前を指名手配するよりも先に、俺をさっさと宝貝使いを使って捕獲でもすれば済むはずなんだ。何でこんなまどろっこしい事をするんだ? あいつは」

「あ……」


 確か、丑寅さんも言ってたけど。

 人工的に大量に宝貝使いを作ってるんだっけ、丁は……。亥の事を思い出し、自然と憎々しく思う。丁は自分以外の人の事を、道具位にしか思ってないのは、あの人の最後を見てたらすぐ分かっちゃうし。

 でも……なら私達を泳がせている理由って言うのは、何? それに……前私達を追いかけ回してきたのは地元の邑の人達や普通の軍人さん達だけで、宝貝使いはいなかった。どうして?

 思い付けば確かにおかしい部分は多数出て来るのに、私は思わず髪をひっかき回す。


「あー、もう。まどろっこしい! もう何なのあの女は!!」

「……あいつの掌の上で、まだまだ俺達は踊らされてるって事か。まあ、いいか」

「いいって何がよ!?」


 思わず私がつっこみを入れつつ、辰巳が口元に笑みを浮かべているのに気付き、私は思わず辰巳の顔をじっと見た。目は全然笑ってない。

 普段仏頂面の辰巳が笑って、おまけに目が死んでるって──無茶苦茶怒ってるじゃん。


「あいつの掌の上で踊らされてる事が分かったのならそれでいい。分からず踊らされてるんじゃない。自分の意思で踊ってるんだから、それで構わない。

 あいつは……丁は、次に会った時は必ず」

「んー、会えるのかな?」


 だって、女王様タイプの人とか黒幕ってタイプの人とかって、全然現れないのが定番なんだもの。そうそう会えるものとも思えなかったけど。

 辰巳が会うって言ってるんだったら、それでいいか。今はそう言う事にした。

 でも。私達が今、北都国に向かっている。これすらも丁は分かってたって事なの? それとも結果的に私達がそう動いたって事なの?

 あの人の掌の上が一体どこからどこまでなのか、術式に割り込まれた時からなのか、亥との一件の時からなのか、そもそも私がここに来た時、宝貝を全て持ち逃げされてしまった時からなのか、考えても考えてもさっぱり分からなかった。

 でも。動かない事には出し抜く事だってできやしない。

 私がようやく涙をごしごしと拭ったのを確認したのか、ようやく辰巳はこちらに振り返った。


「いい加減寝るぞ。明日また夜間行軍だ」

「……うん」


 身体は泣いたせいなのか、あったまった時に即寝なかったせいなのか、もう手先や足は冷たくなっていたけど、身体の疲れが、パチパチと火の中の木の枝が爆ぜる音が、私をすぐに眠りへと誘った。

 目を閉じたら、何の間もなく、すぐに真っ暗闇が迫った。


/*/


 あれから数日経った。相変わらず極寒の中、ひたすら万里の長城を歩くと言うのにも慣れた気がした。体力なんてないもやしだもやしだと言った所で、こうもずっと歩き続けだと流石に慣れてくる。足が太くなるとか、むくむとか、疲れた足痛いとか、言ってられるのは平和な環境だけだなあと思ったりする。そんな事言ってたら寒いし、死ぬ。何とか区切りが見えて来るまでひたすら歩いて、そこで売っている食べ物飲み物を食らって、泥のように眠るって言うのがこの数日のローテーションだった。

 でもだんだん歩いていたら、万里の長城から見える景色も変わってきた事に気付く。

 最初は荒れ地が続いていたのが、徐々に自然豊かな光景、きちんと手入れされた田畑の景色に変わり、それがだんだん石造りの建物が増えていく。そして、今歩いている場所は、夜だと言うのに灯りが増えていっている。どんどんと建物の数が増えていっているのを見ると、邑から町、小国へと移り進んでいるんだろうなあと、そう思える。

 確か、一番最下層に邑があって、町があって、それより上に小国があって、国が連なっていて、それを統べる大国があるんだったっけ。

 万里の長城で、この山を真っ二つに割っているんだから、そりゃ色んなものが見えるんだなと、中立地帯のありがたさを少しだけ噛みしめる。南都国側にいる時は、本当にそれどころじゃなかったから。


「これで、あと半分か」


 辰巳がそう言うと、白い息が空気を濁らせるのが見え、私はげえっとなる。しゃべると唾液が凍りつきそうで怖いけど、それでも話さないといけないんだから仕方ない。


「げえ……やっぱりまだ歩かなきゃなんだ」

「これ位でへばってたら先が持たないぞ。北都国はもっと寒いんだから」

「知りたくなかったれす、そんな事は」


 舌の呂律が回らなくなってきたし、歩けば歩く程に、万里の長城の壁面も雪が積もってつるんつるんと滑って足を取れるようになってきたのが怖い。灯りは星明かりが頼りなんだから、ここでこけて無事なのかどうかなんて自信、全然ない。

 南都国側を見てみると、建物がごみごみとしているのが見え、北都国側はもっと建物がみっちりと詰まっているような気がした。どちらも空いてるスペースにひたすら建物を突っ込んだような雰囲気がある。


「ねえ……北都国ってどんなとこなのかな」

「南都国とはまた違うって所か」

「そりゃ、尾なしの人にとやかく言わない所だってのは分かってるけど、でも戦争してたんでしょ?」

「いいも悪いもある訳ないだろう。どちらの国も、自分の国を守ろうとしているだけだよ。そこで考えが変わり、法律が変わり、それで対応が変わる。それだけの話だ」

「そりゃそうかもしれないけど」


 善も悪も一括りにできない所がすごく理不尽に感じる。でもそれは、私がその理不尽に思いっきりあてられてしまっているからで、普通に生活している人達にとってはそれは理不尽でも何でもない当たり前な事なのかもしれない。

 でも、どうなのかな。本当に。

 北都国に行くって決めたのは私だし、それでいいって言ってくれたのは辰巳だけど。

 大丈夫……なんだよね。いろんなやり取りを思い出して不安になったけど、全部が全部嫌な思い出だけだった訳じゃないから、そんな事思っちゃ駄目だ。

 少しだけ不安で、少しだけ楽しみだけど。まだあと半分、歩き続けないといけない。

 町の灯りと華やかな音楽がどこからか聞こえるのを感じながら、雪にこれ以上当たらないようにと、私達は足早に次の区間へと歩いて行った。

 国についてから、他の事は心配しよう。

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