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万里の長城篇 八

 しばらく歩いてから、時折地下に潜って休みつつ、また歩く。

 真っ黒だった空は星が降って来そうな位に瞬いて、それがすごく綺麗だとは思うけど、それを楽しんでいる余裕なんて、私達には全然ない。

 万里の長城は百里(辰巳に聞いてみたら、一里が360歩歩いた歩幅分、らしい。アバウトな数え方だと思う)ごとに一区切りで、城壁は繋がっているものの、地下街はその一区切りごとで繋がっていないらしい。だから移動の際はどっちみち寒さに震えつつも城壁を歩いて、休憩のたびに地下街に潜らないといけない。


「うー……寒い寒い寒い!」


 お風呂とか入ったらきっとあったまるんだろうけど、この寒さだったらすぐに冷えて風邪引きそう。私達は何度目かの休憩で地下に潜っていた。

 寝る時は皆、火を囲みながら、火の番の人を置いて、敷物を被って眠っていた。私達も交替ごうたいで眠る。眠る時はもう夢を見ている暇なんてなかった。本当に起きたら一気にタイムスリップしたように時間が過ぎているのだ。

 中に入ったらプン。とお茶の匂いが鼻をくすぐった。

 この辺りの地下街には、商人さんがお茶を売っているようだった。それを蓬莱の枝の人達が交渉して沢山買ってくると、それを振る舞ってくれた。手がすっかりかじかんでいて、器をきちんと持つ事ができなくって落としかけたけれど、一口飲むと芯からすっかり冷え切っていた身体が一気にあったまったような気がした。


「うわー、お茶!」

「そんなお茶で喜ばなくても」

「だって、あんだけずっと冷えてたんだもん。本当になかなかつかないもんだね、北都国までは」

「そりゃな、すぐに着いたらまずいだろ。それに北都国に近付くって事は、南都国にも近付くって事と同意なんだから」

「あー、そっか」


 元々万里の長城がこの二国間を区切るためのものなんだから、本来は国同士の位置は近いのかもしれない。そう言えば私の世界の万里の長城も、本来は違う種族や国の人に自国を襲撃されないように作ったんだっけと、使わな過ぎて埃を被っていた知識を引っ張り出してきて考える。

 お茶をすすりつつ、パンパンに張った足を揉みほぐしていると、「もし」と商人さんが声をかけてきた。それに私は「あれ」と思って顔を上げる。この地で辰巳達以外の知り合いなんて私はほとんどいないし、今までは私の格好を見て「阿婆擦れ」とか「破廉恥」とかは言われて遠巻きにされた覚えはあっても、親しげに声をかけられた事なんてない。


「何でしょうか?」

「いえ、珍しい服を着てらっしゃるなと」

「ああ……これ」


 すっかりと着たきり雀になってしまっているブレザーをつまんで私は納得した。商人さんは珍しそうに私の服をまじまじと見てくる。

 辰巳は逆に警戒したように目尻を少しだけ釣り上げた。


「何だ」

「いえ。行商をしておりますと、時折異界の方に会うのですよ。事故でこの山に来た方に、服を見せてもらって作るのは、なかなかに勉強になりますから」

「え……?」


 その言葉に思わず目が点になる。

 私以外にも、他所の世界から来た事ある人が、いるの……?

 私が思わず目を細める中、辰巳はますます眉間の皺を深めた上に、剣の柄に手を置き始めた。って、そこまで怒るかな。そうは思ったものの、昨日ひたすら夜、茂みに寒いし怖いし必死で縮こまって逃げ回った事を思うと、そりゃ警戒するよなあとも思ってしまう。

 辰巳の様子を見た商人さんは少しだけ困ったように眉を下げて笑う。


「警戒されるのも無理はありませんが、最近は色々とおかしいのは、行商をしていてもよく分かりますから」

「そのおかしいって言う意味が分からないが」

「いえね、時折そこのお嬢さんみたいに不思議な服を着た方が現れるんですよ。皆さんひとでなしですからね。仮尾を売ってあげようにもお金がないどころか言葉まで通じませんし、色々と難儀しつつ、どうにか言葉と仮尾の面倒を見てあげる事が多いですから」

「え……」


 思わず私はマントの下にもちゃんと着けている仮尾を摘まむ。割ときちんとしているものだし、目利きである戌亥さん以外にはすぐばれなかったものなんだけどな。私は仮尾を摘まんでいる間に、商人さんは少しだけ目尻を下げた。

 でも辰巳は尚も詰問する。


「それで、証拠はあるのか?」

「証拠、ですか。人と出会った事を証拠にすると言うのは、なかなか難しいものですね。そうですね……」


 しばらく商人さんは困り眉のまま考え込んだ後、「ああ、そうだ」と手を打った。


「その異界にも、万里の長城に似た建物があるそうですね。ここを訪れた際、その方は大変驚いておりました」

「え……!!」


 私は思わず口に手を当てた。この事は、確かに辰巳達にも言っていない。辰巳はまだ目を細めて剣の柄から手を離さないままに私を見た。


「本当か?」

「うん……でもこの事、私誰にも話してないよね?」

「聞いてないな、確かに……」

「あの、教えて下さい、私と一緒の世界……から来たかもしれない人って、今どうしてるんですか?」

「その方ですか」


 商人さんは相変わらず困り眉のままで、首を少しだけ傾げた。辰巳は相変わらず警戒心丸出しな中、戌亥さんと子子ちゃんはただ顔を見合わせつつも、静観の構えを解こうとしなかった。

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