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万里の長城篇 七

 地下を抜け、万里の長城の城壁に出ると、ようやく温まった身体が一瞬で冷やされるような、きつい寒風が吹き抜けた。それに私は「ううっ」と思わず喉を震わせてから、地下でもらったマントの中に風が入らないように手で寄せた。そのマントを寄せる手だって、千切れそうな位に寒い。

 獣の皮を剥いて鞣したらしいマントは、意外な事に軽く、薄いのに防寒性は抜群だった。まあ、出ている頭なり手なりはこうして千切れそうな位痛寒い訳なんだけれど。

 外は星灯りだけを頼りに、ただ上へ上へと昇って行く。

 確か私の世界の万里の長城は、地球にある建物の中で唯一地球を外から観察して見える建物……だって言うのはうろ覚えだけど聞いたような気がする。だとしたら、これも一体どれだけ歩いていけばいいんだろう。

 先頭を歩いている戌亥さんに、蓬莱の枝の人達に連れられて、こうして私達は歩いている訳だけれど。


「すっごく長いよね、ここの道」

「そりゃそうだろ。でなければ山を割る事なんてできない」


 辰巳が白く息を濁しながら答えるのに、私は薄く笑う。星が今にも降って来そうな光を放っていて、痛い位に綺麗なのが、何故か悔しく感じた。

 私は歩きながら、ふと考えていた事を口にしてみる。


「あのさ、北都国に行くんだよね」

「言い出したのは卯月だろ」

「うん、そうだけど。今はその話じゃなくって」


 もう傍観者じゃいられないって言うのはずっと思っている事だけれど、でも未だに私が何ができるのかって考えてみても、何ができるのかさっぱりと分からなかった。

 普通の高校生で、勉強だってスポーツだって特にできない。だから仙人郷からこっち歩きっぱなしで「疲れた」「しんどい」を連呼している訳で。じゃあできない尽くしの中で、何ができるのって言う話だ。

 この間までいた南都国の話は、丑寅さんから聞いたから、100%ではないとは思うけど理解はしたつもり。でも北都国がどういう所かまでは全部は知らないのだ。だから、北都国で何ができるんだろうと言う、そう言う話。


「……私さ、武器の使い方とか教わった方がいいのかなって。人を殺すとか、戦えとかそんなんじゃないの。たださ、何だか迷惑ばっかりかけてるからさ。せめて自分の身位守れるようになりたいって、そう思ったの」

「どうしてだ」


 辰巳が少しだけ目を細めて私をじろじろと見る。まるで品定めするような目つきに、うわ何だこいつ、と思わず思うけど、何とか私はもごもごと口を動かしてみる。


「言ったじゃん。初っ端から誘拐されるし、指名手配されて逃げ回るし。何だか辰巳と戌亥さんに頼ってばっかりだから、護衛術位学んだがいいかなあってそう言う話だよ」

「はあ……」


 今度は溜息だ。

 何だこいつ、馬鹿にしてんのか。私が思わずムキッと反発する。


「何よー。私だったらできないとかそう言いたい訳?」

「付け焼刃でどうにかなるもんじゃないだろ、武術は」

「そりゃそうだけどさあ。初心者でもできるような事とかってないの?」

「初心者に武器を持たせるような奴はそもそもいない」

「やっぱ馬鹿にしたー」

「してない」

「嘘だー」


 思わずギャーギャーと騒いでいたら、それを「ははは……」と笑い出すのは戌亥さんだった。戌亥さんは寒さなぞどこ吹く風と、マントをなびかせて歩く姿は、地元じゃナンバーワンと言うか、盗賊の頭領の風格が何割も増したかのように見えた。

 戌亥さんは軽く振り返ると、背中に背負っている大剣を少しだけ引き抜いてみた。そして私に何気なく渡すので、私はそれを恐々と持ってみた。


「おっ……も!」

「そりゃ重いだろ。直剣はこれよりは軽いが女の細腕じゃ振り回されるし、鞭や紐は軽いがそもそも実戦で使えるようになるまでには随分と違うな。

 お前さんのいた国は随分と平和だとは聞いたが、実戦で即使えないのはそもそも自衛もできないかな」

「で……でも!」

「男と女だと戦場がそもそも違うんだと、俺は思うぞ。辰巳だって同じ意見だろ」


 そう言って戌亥さんが辰巳に視線を送ると、辰巳は涼しい眼差しのまま否定も肯定もしないで黙って歩いていた。

 子子ちゃんは戌亥さんの少し後ろを歩きながら、ぽつぽつと語る。


「卯月さんの国とは違う話になりすみません。ですが、女性が武器を取ると言うのは、元々軍の家系の人や遊牧民などの人が自然と覚えたもので、すぐに習ってすぐに覚えられるものじゃありません。戦争はそんなに簡単にできるものでもなければ、習いたての武術で生き残れるものでもありません」

「ん……でも」

「戦争がずっと続くと、心が摩耗します。だから私達がしないといけないのは、日常を守り続ける事なんだと思います」

「日常を……守る」

「はい。それはひどく難しい事ですし、戦争を忘れると言うような無責任な事でもありません」


 それは何となく分かるような気がした。

 皆が皆、誰かの顔色を窺っているのも、ただただ享楽的に生きるのも、多分違うし。多分本当にいいのは、ここの地下で皆が寄り添っている、そういう姿だから。

 でも……ならもう捕まらないようにするにはどうすればいいんだろ。


「でもさ、それだったらもう捕まらないようにしたいけど」

「逃げる。それが一手。前に持ってた霧は充分役に立つ」

「あっ……これ?」


 今は寒くって凍ってしまっているけど、防犯スプレーの中身はまだ何とか残っている。本当に……こんな単純な事でいいのかな。

 私がまだ納得できないような顔をするのに、辰巳は少しだけ溜息をついた後、子子ちゃんの方を見た。


「おい、あいつに料理を教えてやってくれ」

「えっ? 料理ですか?」

「戦場に行って戻ってくるために楽しみがあった方がいいだろ」

「何だそれぇ」

「それで充分だ」


 ふん。と辰巳はそのままさっさと歩きだしてしまった。


「素直じゃないな」


 茶化した戌亥さんの言葉に、相変わらず肯定も否定もせず。

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