万里の長城篇 六
「頭領、お帰りなさい!」
戌亥さんはすっかりと蓬莱の枝の人達に囲まれ、辺りはすっかりと酒臭くなってしまった。それを眺めながら、辰巳はちまちまと食事をし、お茶をすすっていた。
私は隣で手持無沙汰のままちょんと座り、隣でお茶をすする。子子ちゃんは蓬莱の枝の人達の中に混ざって、女の人達が作ってくれたご飯をお酒の肴として運んで回っていた。何と言うか、あちこち転々と回っていた時よりも子子ちゃんがきらきらして見えるのは、多分ここがホームで他がアウェイだからなんだろうなと何となく思った。
私は隣で眉間に皺を寄せつつ黙々とご飯を食べている辰巳を眺める。戌亥さんはすっかりと久々の地元のせいなのかのんびりとしているのに対して、辰巳は相変わらず片意地張っているような気がする。
まあ、仕方ない。か。
何とか中立地帯に入ったから、南都国から追いかけられる事はないけれど、これからどうすればいいのかなんて、全く決まってない。どうして私に指名手配かけたのかなんて言うのも、さっぱりだし(だって一回しか会ってないのに、それで指名手配ってどうゆうことなのとしか言えないじゃない)。
「ねえ」
「……ん」
辰巳はごくん。と食べていた食事を飲み込んでこちらを見た。辰巳は黙々と干しきのこの炊き込みご飯を食べていた所だった。干しきのことお米、お酒だけでこんなに美味しい炊き込みご飯になるんだねと、食べて密かに感激した事だ。
私は辰巳の隣で膝を抱えつつ、酒宴を眺める。
気付けば戌亥さん目当てで、他の場所で踊っていた女の子達が集まり、それを見て子子ちゃんが慌てたような顔をして何とか戌亥さんを取られまいと、隣で小動物のように食事を食べ始めたのを見て、思わず目を細めた。これだけ幸せって感じの空気を感じたのは久々だったから、何だかすごく嬉しかった。
「辰巳は今、何考えてるの?」
「これからの事だ」
「そっか」
私は何も考えてないし、今までだって何も考えてなかったけど。でも。そろそろ傍観者でなんて、ただ巻き込まれただけの被害者面なんてできない所まで来てるんだろうなと、すっかりと長い間歩き続けて逞しく太くなってしまったスカートから伸びる脚を見て思う。
この世界の事を色々と知って、辰巳がただ誰かに八つ当たりしたくて怒っている訳じゃないと知って、本当に色んな事があって。ちゃんと、考えないとな……。
そう思いながら、丑寅さんから聞かされたいろんな事を反芻してみる。
「ねえ」
「ん?」
「素直に北都国に行くって選択肢って、やっぱりないのかな? 元々は宝貝探すためにあちこち行ってて、宝貝持ってる丁さんからどんどん離れるって言うのも、頭いい話じゃないかもしれないけど」
「……万里の長城を抜けるって事でいいのか?」
「うん。そりゃここすごく楽しいけどさ」
ふとシャンシャンと鈴の音が響くのに振り返ると、戌亥さん達と話をしていた女の子達がひらひらとした布を持って踊っていた。その笑顔は晴れやかで、周りの人達もほんのりと酒気で赤味を帯びた顔で手拍子しながら踊っている。
前に見た見世物小屋と違い、踊っている方も見ている方も本当に楽しそうで、ひらりひらりと自由に舞う布が蝶のように見えて、本当に魅せられた。
でも。
「確かにここにいたら平和で楽しいけど、きっと何の解決にもならない。私だって帰れないし、辰巳達だって不自由だし。そりゃ戌亥さんと子子ちゃんにしてみれば里帰りなんだけど、でも。それだったら、まだ北都国に亡命した方が、何か変化があるような気がする」
「……その事は考えてた。ずっと」
「つうか、辰巳はどうしてそこまで責任感感じてるかな。そりゃあんたが召喚したもの間違えたから私がここにいる訳だけど」
「お前だって散々な目にあっただろ」
「そりゃ散々な目にあったわよ。でも全部が全部、こんなとこに来なきゃよかったの一言で片付ける気ないもん。馬鹿にしないでよ」
「ん……俺は」
辰巳はようやく器に盛ったご飯を空にした。そして、茶器のお茶を一気に煽った。こちらはさっき淹れ直してもらった、まだほこほこと湯気の出ているお茶だ。
辰巳は少しだけ眉間の皺を拭った顔でこちらに振り返る。
「俺は、お前に対して、申し訳ないと思ってた」
「ん。知ってた」
いや、正確には最初はひどい奴とか頑固とか意固地とか思ってたし今でも思ってるけど。でもそれが、超が付くほどの生真面目が原因だとは何となく今だったら分かるだけ。
「でも今は、お前に会えてよかったって思ってる」
「何よそれ」
「うっさい」
「何だそれー」
何だか随分な言葉をもらってしまったような気がした。そう言えば辰巳は前にもそんな事言ってたような気がするけど、あの時はその意味を咀嚼するゆとりなんてなかった。
多分だけど。私も辰巳も一緒なんだろうな。
この世界は理不尽で、でもそれをおかしいって言えないおかしな事になってる。
だからきっと、この世界に反逆する機会を辰巳はずっと伺ってたんだろうなって、今だったら分かる。
「おい、戌亥」
「んっ。夫婦で話し合いは終わったか?」
「誰が夫婦だ誰が。俺達は、北都国に向かおうと思う」
「おっ。行くのかそうか」
そう言って指を差す。
「そこから真っ直ぐ昇って行けばいい。案内する」
「……てっきりこのまま別れると思ってたが」
「そりゃ最後まで付き合うだろ」
「お前の最後の到着点って、そもそもどこだ」
「そりゃあ、お前らがどうなるのか」
何だそりゃ。
そうは思いつつも、万里の長城からどんどんと昇って行って北都国に行けるって言うのは、随分とショートカットな気がする。でもきっと、下るより昇る方が大変だから、何だかひどい目にあった南都国から逃げるのとあまり変わらないんだろうな。
私達の言葉を聞いていたのか、蓬莱の枝の人達がさっさと酒宴をお開きにし始めた。
「あの、もしかして送ってくれるんですか?」
「頭領が行くって言うならな」
「何。北都国には丑寅さんも縁があるしなあ」
そう言ってからからと笑った。
って、あれ? 確か丑寅さんは南都国の軍人さんだったって言ってなかったっけ? 私が目を瞬かせていると、万里の長城を昇る準備を始めている丑寅さんと目が合った。丑寅さんは少しだけ困ったような顔をして笑った。
「ああ、言ってなかったか。ちょっと俺の出自は面倒臭い事になってるから。確かに南都国に仕官してたけど、生まれたのは北都国なんだ」
「え……? じゃあ、北都国の人がどうして南都国に仕官……」
「戦争前に、国と国の橋渡しとして、養子縁組されたんだよ」
「ええ……」
そりゃ、そんなベタな話は沢山あるけど。でもそれだったらどうして南都国から離れたのかが分かる気がする。丁だけが原因じゃなくって、自分の故郷と自分の国が戦争って言うのは、きっと耐えきれるもんじゃないから。
私が考え込んでいるのを見ながら、丑寅さんは目尻を細めて、ただ軽く私の頭を叩いた。それに辰巳は少しだけ目を細める。
「考え過ぎだ。それより、北都国に行くんだったら、準備した方がいいな」
「準備って」
「……卯月、準備するぞ」
「だから準備って何すりゃいいの」
「ここにも商人がいるだろ。買い物に行くぞ」
「行くって……今夜じゃん!」
「知ってるよ、そんな事。でも。昇る以上は買い出しに行かないと大変な事になる」
そりゃ、登山には準備が沢山必要だけど。でも今からってどんだけ善は急げが過ぎるんだろう。
私は分からないまま、皆に着いて行く事にした。
……やっぱり流され過ぎな気がするな、私。




