万里の長城篇 二
地下とは思えない程に、辺りは賑やかだった。
前に見世物小屋で見た時よりもずっと布地は多いけど、派手な服を着て踊っている女の子達に、それに手拍子を打っている人達。弦楽器を弾いている人達。
鍋を囲んで、歌って、踊って。
その距離感が近いアットホームな感じは、何だか下町のような感じがしてほっとする。
「何だ、珍しいか?」
先を歩いていた丑寅さんが笑いかけるのに、私ははっと顔を上げた。そして、通り過ぎる際にウィンクしてきた踊っている女の子に何となく会釈をしてから答える。
「何だかいいなって思いました。何と言うか、行く場所行く場所でトラブル……騒動に巻き込まれていたから、こんなに落ち着いてて温かい場所に着くのが初めてだなあと思いました」
「それはよかったそれはよかった」
そう言いながら丑寅さんがうんうんと腕を組みながら頷く。その様が随分と大げさに見えて、思わずきょとんとする。そして隣を歩く子子ちゃんがはにかんだように笑った。
「嬉しいです、ありがとうございます」
「あれぇ、何でそこで子子ちゃんがお礼を言うの?」
「その卯月さんの意見が、素敵だなと思ったんです。平和って言うのが私達にはよく分かりませんから。ずっと戦争とか紛争ばかりで、ここで身を寄せ合っている人達だって、いつまでこれが続けられるんだろうって脅えていますから」
「え……そう、なの?」
私は思わず顔を上げて、あちこちを見た。
皆が皆、灯りを囲んで、陽気にしているように見える。
町で会った人達会った人達がとても享楽的で、自分勝手に見えていたから、こんな近い距離感で楽しそうにしているのが、素敵だって思っただけだったんだけどな。
隣を歩く子子ちゃんははにかんだ笑顔のまま、そっと視線を足元に落とす。
「私も邑を襲撃されましたし、ここに住んでいる人達も、長い間続く戦争や紛争で故郷を失ったり、逃げ出さないといけなかったりした人達ばかりですから。
……万里の長城ができるまでは、逃げ場なんてどこにもなくって、逃げ出した人達同士で奪い合ったり、争い合ったりを繰り返していましたから。
……だから、怖いんですよ。またそれがいつ始まるんじゃないかって。私達は、本当に平和を生きているのかって」
その言葉が、ズキンと胸に突き刺さったような気がした。
私達もさっきまで逃げ回っていたのだ。北都国の軍に追いかけ回されて、賞金目当てで他所の邑の人達からも追いかけ回されて。
張り詰めて、心臓の音を聞きながら膝を抱えて、息を殺して茂みにずっと隠れているのは、叫び出したくって仕方がなかった。怖いって言ってどうにかなるなら言うけど、言っても見つかるだけで、ただ震えそうになる唇を噛みしめて、ずっと灯りをやり過ごしていたのだ。
あんな思いを何日も、何か月も、何年も続けてたら、きっと気だって狂ってしまう。
私は何も答えられないまま黙り込んでいると、その空気を変えようとしてか、丑寅さんが口を挟む。
「仕方がないって言葉はあんまりよくないけどな。戦争ってのは大国以外は誰も得をしないって話だよ。いつだって逃げ回っているのも死ぬのも下々扱いされている連中で、上の連中はこっちで何人死んでも我関せずなんだからな」
「そういうもの、ですか?」
「お前さんがどういう生き方をしてきたのかは知らないけど、少なくともここだと当たり前の話だな。さあ着いた」
「あ」
丑寅さんがくいっと親指で指し示した先には、確かに仙人郷で見た覚えのある人達が大皿を囲んで陶器で酒を飲みかわしている光景だった。こちらに気付いた人達が「おっ」と言いながらこちらに視線を寄越す。
「何だ、頭領のお気に入りじゃないか」
「こんなとこに来てどうしたんだ。あの坊主じゃなくって頭領にしたのか?」
「お気に入り……?」
「違うから! 何か適当な事戌亥さんが言ってるだけだから……!!」
悲しそうな顔でこちらを見る子子ちゃんに、私は必死で首と手を振った。何だか嫁とか言われたような気はしてたけど、それは戌亥さんなりの冗談だと思うし!
私が必死に誤解を解いている中、丑寅さんは何人かに何かを言ってから、私と子子ちゃんを手招きした。
「まあ、そこ座れ。食事でもしながら話そうか」
「はあ……ありがとうございます」
勧められるままに席に座ると、大皿に乗っていたものを確認する。干し肉と干し野菜を炒め煮にしたものに、隣には春巻きみたいに薄い生地。蓬莱の枝の人達は生地に肉をくるんで酒の肴にしているみたいだった。
出されたのはお酒を飲めないと宣言していたせいで、香ばしい匂いのするお茶を、陶器に入れて並べられた。
お茶を一口飲んだ瞬間、お腹がぎゅるりと鳴った。
そう言えば、逃げ回っていて、ご飯を食べ損ねたなと今更思い始めて、そっと生地に手を伸ばすと、それにお肉を包んで食べた。
美味しい。何だかすごく美味しくって、思わずまた手を伸ばして、ガツガツと食べ始めてしまった。自分でも意地汚いと思うけど、改めて怖くて仕方なかったんだなと思い知った。だって食べて温まって緊張がほぐれてきたら、段々涙までこぼれてきたんだもの。
「そんな泣く程美味しいか?」
「おいひい……でふ」
「そりゃよかったよかった。ほら、子子もどうだ」
「あの、ありがとうございます」
子子ちゃんは子子ちゃんで、私みたいに意地汚くはないけれど、小動物のようにこりこりと春巻きを食べる姿は、お腹が空いていたんだなと言う事が嫌でも分かった。
私達が食べるのを見ながら、丑寅さんは陶器をあおった。むわりと漂う強くて濃い酒気に、全く顔色を変える事なく、丑寅さんは微笑んだ。
「それで、どこから知りたい?」
「知りたいって言われても、逆にどこから知らないんだろうって言うのがあります。万里の長城ができてから、大国同士の戦争が停戦したって所は、辰巳から聞きました」
「なるほど、じゃあ戦争が最初に行われた下りは全然知らない訳だな」
「そうですね……」
「そうか。じゃあ……南都国の軍事改革あたりから語ればいいわけか」
そう言いながら丑寅さんは酒をもう一度陶器を舐めるように飲む。まるでそれは何かを慰めるような雰囲気に見えた。




