万里の長城篇 一
真っ暗闇が付きまとう。肌をねちゃりねちゃりとまとわりつくように寄り添ってくる闇の中、それでも必死に子子ちゃんの足音についていっていた。
万里の長城の最下層。その辺りには岩砂漠が広がっていた。私は何度も石で蹴躓きそうになるにも関わらず、子子ちゃんはひょいひょいと身軽に石を飛び越え、やがて岩の一つをノックした。
「ここです」
「え? これが隠し扉って……」
「まあ見てて下さい」
子子ちゃんの口元は見えなくても、クツリと笑ったように見えた。岩を子子ちゃんは。コン。コン。コン。そう三回叩いた、その時だった。岩が音もなく割れたのだ。その岩の中には、暗闇の中ぱっくり開いた階段が入っていたのだ。
「ええ……? これどういう……」
「……戦争が始まった時、一番被害が出るのは最下層の邑々ですから。避難先として、この階段は最下層に住む邑にだけ口伝えで教えられてるんです。この万里の長城の構造は、大国にも伝えられていません」
「そうだったんだ……」
でも確か辰巳や戌亥さんの言い分だったら、この山を真っ二つに割っているのは南都国と北都国の大国二つって聞いたんだけどな。あれ?
私は首を傾げつつも、子子ちゃんがそう言ってるからと、今はその事は忘れる事にした。子子ちゃんは階段を降りていくのに、私も慌ててついていった。
真っ暗な上に閉鎖されていて、砂の湿った匂いがむわりと漂う砂っぽい場所。しかしそれでもじゃりじゃりと言う足音を立ててさっきみたいに誰かが襲ってくると言う警戒をしなくていい分だけ、精神的には随分と楽な感じがした。
「ここ、どれだけ降りていけばいいの?」
「そうですね。そこまでかかりません。もうしばらく歩けば、降りきれますから。ほら」
「う……眩し……」
子子ちゃんが言った通り、階段が途切れた場所には灯りが見えた。さっきまで真っ暗な中歩いていたせいで、そこまで明るくないはずなのに、思わず目を細めてしまう。次に鼻をかすめたのは砂っぽい匂いではなく、むわんと漂うお酒の匂いや香草の匂い、じゅーじゅーとお肉を焼く香ばしい匂いだった。
ようやく目が慣れて見たそこは、地下街が広がっていた。
縁日の光景と言えばいいのかな。火で点した灯りを入れ物に入れた灯りがあちこちにかけられ、その赤い灯りの下で露天商が並び、その中で人が物を食べたり酒盛りしてたりした。端の方では子供が露店の手伝いをしていたり自分より小さい子供の面倒を見ていたりするし、お母さんみたいに大きな身体の人が赤ちゃんにおっぱいを飲ませているのも見られた。
「うわ……」
「ここが、中立国。万里の長城です」
「こんなに……平和な場所がこの世界にあるなんて、思わなかった……」
「昔はそこまで南都国も北都国も、おかしな国ではなかったんですよ。戦争がいけないんですから」
そう言う子子ちゃんの横顔を見ると、少しだけ悲しそうに目尻を下げているのが見えた。そっか。子子ちゃんは住んでた邑が……。ごめんと言うのは、何だか変な気がするし、大丈夫なんて言う全然予想できない事を無責任に言うのもやっぱり違う気がする。
仕方なく私が黙り込んでいたら。
「あれ、お前さん」
ふいに男の人に声をかけられて、私はあれと思って振り返った。別にこの世界に知り合いは……いた。そう言えば。
振り返ると、そこに立っていたのは見た事ある顔だった。
「副官さん……!」
「卯月さん、知ってられるんですか? 丑寅さんの事」
「知ってるって、まあ、仙人郷で会ったけどさ。でも子子ちゃんも?」
「はい。蓬莱の枝は、万里の長城を守って下さってますから」
「そうだったんだ……」
そう言えば前にもそんな事言ってたような気がするけど。副官さん……じゃなくって、丑寅さんは私と子子ちゃんを見比べた後、ひょいと肩を竦めた。
「しかし、お前さんがいるって事は、また何かあったのか? 確か頭領が俺に全部押し付けて行ったのは、お前さん達が面白いから見学だって言う話だったけどな」
「うわぁ……本当にそんな事言ってたんですか、戌亥さんは。ええっと……どこまで知ってましたっけ。丑寅さんは……」
ひとまず、今までの旅の事を。それこそ見世物小屋の話とか、尾なしの邑の生贄の話とか、指名手配の事までをあらかた話す事とした。丑寅さんはそれを黙って聞いた後、少しだけ顎をしゃくっていた。
「……なるほどなあ。戦争始まった原因って、それなのかもしれないな」
「あの。紛争とか戦争とか。元々万里の長城ができたのは、その戦争を一旦終決させるためにできたって言うのは聞いたんですけど、細かい事とか全然知らないんです。教えてくれませんか? 私も結局、何をどうして指名手配されたのか、さっぱりで……」
「そうだな……頭領も教えてなかったみたいだし、俺が言うのもどうなのかな」
丑寅さんは少し顎をしゃくりつつ、不安げに見上げる子子ちゃんを少し見て、笑う。
「……了解した。じゃあ俺達が飲んでる場所があるから、そこで酒飲みながら話すか」
「私、お酒とか全然飲めません」
「じゃあ替わりを出すさ」




