閑話 八仙の秘薬
「富国強兵こそが、他国と渡り歩く上で必要な事でございます」
南都国で改革が始まった。まずは安定した国の資源の確保であった。国の財源、輸出入の見直しから始まり、それらの一つ一つをほぐしていく。元々この国の産業は豊かでかつ平和な国でなければ意味をなさない装飾品の類ばかりである。これらを大きく見直さなければ、国が潤う事はまずないのだ。
次に既存の兵制度の改革である。元々この国には武官と言う者が多数存在していたが、それだと他国と渡り合うには事足りないだろうと言うのが后の指摘であった。
もっともである。他国では全国民に兵役を与え、ある一定年齢になったら召し上げて一定期間兵として戦わせ、それが過ぎたら国元に返していたのだが、この国では人権の問題でそれが行われていなかったのである。
しかしこの国の武官の一族は「だとしたら我々の存在が必要ではないのではないですか?」と意義を申し立てると、后は首を振った。
「そうではございません。武官の皆様の知識と経験があってこそ、戦場では多くの兵士が生き残る事ができるのですから、貴方がたはむしろ必要な方々でございます。ですが、我が国には兵役がございませんし、他国と比べても兵士の数が少ないのです」
「だとしたら、后様は一体どうお考えのつもりですか?」
「一人あたりが渡り合える力を強くすればよいのでございます」
そう言って彼女はしなやかに笑った。そのしなやかな笑みに誰もが魅せられつつも、武官は疑問に思った。
一人あたりの力を強くするとは、訓練の時間を増やせとか、一人一人の管理を見直すと言う事なのだろうか。今までも細工物の流通路を開拓したり、この国だと手に入りにくい資源を輸入路を見出したりした后ではあるが、国の政治と軍事はまた違うように思えたのである。
武官の疑問を汲んだのか、彼女はこくりと頷いた。
「しばしお時間を下さいませ。さすれば私が一人の力を強く致しましょう」
そう言った言葉に違和感を感じても、その事はすぐには忘れてしまった。彼女の言葉は真の言葉だったが故である。
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彼女が作ったのは一つの薬であった。
その薬を飲めば尾がたちまち増え、仙力が強くなったのである。その事で、兵士達は宝貝を扱う事が可能となったのである。
「見事なものだ」
「お褒めに預かり光栄でございます」
「しかし、この薬は一体?」
「仙人様から教えていただいた薬を処方致しましたまででございます。八仙の秘薬にてございます」
「八仙とな……?」
この山を作った八仙の事を知らぬ者はこの山をどこ見渡してもいる訳もなく、それならばその薬が効果てきめんである事は言うまでもない話であった。后はそう言いつつ、溜息をついた。
「しかし、困った問題がございます」
「何がだ? この薬は大変に素晴らしいものだが」
「この薬の材料を集める手段が限られていますものですから」
「何だ? 后はこの国の商業手段を開拓してくれたではないか。それでもなお手に入らない材料とは、一体?」
「とても多くの数が必要となりますが、普通の方法でしたら手に入れる事が難しいでしょうね」
「勿体ぶるでない。一体、この薬の材料は何だ?」
いつもはっきりとした弁舌の后は言葉を濁すとは、一体どれだけ手に入らないものだと言うのか。
王がじれったそうに彼女に言葉を促すと、彼女は散々じらした後、ようやくそれを口にした」
「──でございます」
「何と?」
「──でございます」
なるほど。確かに彼女が言葉にするのをためらうばかりのものである。
「……王、この薬に頼るのはやめましょう。いくら何でもこれは、非人道が過ぎます。この薬で一時の繁栄を手に入れたとしても、その先に残るのは何でしょうか」
武官は諫める言葉を発した。しかし、その言葉は王には届かなかった。
八仙の薬の効果たるや、それを見た物は何をためらうと言うのか。王は后の肩に手を置いた。
「それを集めよう。大事の前の小事だ。后が気にする必要はない」
「ですが」
「后は優しすぎるのだ」
王のその言葉を聞いた途端、それを聞いた心ある武官は嘆いた。
学者が、梨が季節外れの花を咲かせたと言う話は、武官の耳にも届いていたのだ。
これは、王の心に狂気が宿り、それが転じて、国の暦を狂わせた事に他ならないのではないか。
心ある武官はこの国を去り、心なき武官が、心やましき者達が、宮廷に残った。
季節外れの梨の花。
この山を真っ二つに割る大災厄まで、あと──。




