仙人郷篇 五
うわぁん……。
辰巳を走り出したのはいいけれど、霞で本当に全然何にも見えないや……。
この辺りは、さっきまで歩いていた場所よりも霞の濃度が濃くって、1歩歩いたらもう後ろが見えないって言う、それ位濃い。
「たーつーみー、おーい、どこ行ったのよー……」
盗賊に見つからないように、小声で辰巳を呼んでみるけど、返事がない。
だんだん、ジャリジャリと砂を踏む音がこっちに近付いてきた。
うわぁん……やだコレ。
盗賊って映画とかでしか知らないけど、会ったらどうすればいいんだろ? 女子供はさらって奴隷にするんだっけ? えっちぃ服着せて。……頭の中に、水着なのか下着なのか分からない服がぽわぽわと浮かぶ。ヤダ、お腹ヤバイのにそんな服着たくない……!
あぁん、ホント辰巳どこ行ったのよ~!!
だんだん会話とかもこっちに丸聴こえになってきたし。
「頭領、本当いいんですかぃ? ここは仙人郷ですぜ? 仙道に見つかっちまったらちょっと事じゃねえですかぃ?」
「俺達仙道にあって勝てるのか……」
あっ、何だ。
仙道の方が強いのか。なら大丈夫か、辰巳は。
……いやいやいや、辰巳が大丈夫でも、私が大丈夫かは分からないじゃん。たーつーみーカムバーックッッ!!
霞のおかげで、まだこっちには気付いてないみたいだけど、早く離れた方がよさそう……。でもどっち行けばいいのよ?
私はすっかり元来た方角を見失っていた。
「怖じ気付くな。その時は勝つまで戦えばいいだけだろうが」
あらん?
私は耳を側立てる。
さっきまで不安げだった盗賊団の中で、1人だけ凛とした声が聴こえた。低くてなかなか色気のある声が凛としたしゃべり方すると格好いいなあ。
もしかして、この人がこの盗賊団の頭領……?
なんてて思っていたら。
足下が崩れた。
「あ」
そのまま、足が重力に引っ張られる。
「いーやーだー……!!」
頭を走馬燈のようにあれこれ流れる。
ヤダー、クリスマスにマフラー買わないと駄目なのに、こんな所で死にたくないー、辰巳のバーカバーカ、馬鹿ぁぁぁ……。
何て考えていたら。
足首が急に痛くなった。
「いった……!!」
「何やってるんだ? こんな所で」
あっ、さっきの凛とした声!
盗賊団……?
どうも私は盗賊団の人に足を掴まれているらしい。
って、スカートまくれ上がってるし、さらわれそうだし、どうすりゃいいの、この状態……!
私は何とかスカートを抑えるけれど、なかなか重力が邪魔をする。
霞のせいで足踏み外したけど、今霞が晴れたら、私のスカートの中身全部晒してるんじゃないの? いーやーだー……!!
「やーめーてー、私盗まれるような物なーんにも持ってないから!!」
「こら暴れるな、落とすだろうが」
「ヤダ。お願いっ。落とさないでっ」
「はいはい」
そのまま私は足首を引っ張りあげられた。
ようやく地面と感動のご対面をした。
引っ張り上げられた途端、私は思わずペタンと地面に座り込んでしまった。
「うわぁぁん、怖かったぁぁぁ、本当にありがとう……あ」
私は助けてくれた人にお礼を言って。
その人に思わず見惚れてしまった。
霞の中でも映える、銀色の長い髪。カンフー服を着ているけれど、辰巳みたいに生真面目な着こなしじゃなく、留め具を外して胸元を大きく乱している。胸元からちらちら見える筋肉は、マッチョって程分厚い筋肉ではないけれど、ブロンド像みたいな綺麗な筋肉がついているのがちらちら見える。その上派手な刺繍が足元やら袖口やらにあしらっていて、流石盗賊、豪快なのねえって思ってしまう。
顔は鼻筋がすっと通っていて、切れ長の目がこちらを細めて見ている。
そして極めつけは。
ふかふかふかふかした尻尾が、ゆらゆらと揺れている事だ……!
ひーふーみー……七尾……!
神様ありがとう。辰巳は殴りたいけれど、何でこうもふかふかした尻尾の人がいるの……!?
私が勝手に感動している間に、その人は私をじっと見ていた。
「しかし妙な格好だなあ……仙道の僕か何かか?」
「ふ……」
「ふ?」
その人は私の上から下までをマジマジと見ているけれど。
私はそのままガバッと飛び出した……。
「ふ――か――ふ――か――ぁぁぁ♪」
そのままもふもふもふもふと、尻尾に飛びついていた。
あぁん、幸せ。尻尾に挟まれてもふもふもふもふ。
頬ずりすれば、手入れされた尻尾の手触わりをこれでもかと堪能できた。
「頭領……この先に道が……って、何やってんだこの女は!!」
って、この人の部下らしい人達がぞくぞくと集まってきた。
そのまま私は尻尾から引き剥がされる。
「てめぇ、何て事しやがるんだ!!」
「えー、尻尾ふかふかしてただけだけど……」
「ふかふか……? とにかく! この売女どうします頭領!?」
つくづく失礼だなあ……。
誰が売女だ、誰が。
でも私を囲んでいる人達は、皆が皆尻尾がふかふかとついていたけれど、この人程尻尾が多くはなかった。
「ふっ……」
「頭領……?」
「あははははははは……」
って、いきなり頭領さん笑い出したし。
どうなってるのよ……?
私は豪快に笑い出す頭領さんを途方に暮れた目で見ていた。
「いやぁ、まさか助けた相手から熱烈なお誘いがあるとは思ってもみなかった」
「はあ……おさそい?」
何が? 誰が?
助けた相手が私だとしても、その熱烈なお誘いって何よ……?
そのままその人は、男の人の割にはやたらと長くて綺麗な手で、くいっと私の顎を持ち上げた。
「お前、俺の嫁になるか?」
「…………」
何で?
何で尻尾をふかふかした相手から、求婚されないと駄目なのよ。
そんなの答えは1つに決まってる。
「ヤダ。アンタ私のタイプじゃないもん」
「たいぷ……?」
頭領さんは少しだけ眉を寄せた。
……ややこしいなあ。
辰巳もそうだったけど、カタカナの言葉がことごとく通じてないんだもん。
「私の好みじゃないもん」
「その好みじゃない俺のに触ったのはどこの誰だ?」
「……もしかして、尻尾って、ここだと触っちゃ駄目なものなの……?」
「ふっ……」
その人は、また私を見ながら腹抱えて笑い出してしまった。
だーかーらー、説明しろってのよ。こっちからしてみたら本当に意味分かんないんだからさ。
私が笑い出した頭領さんを困って見上げていた瞬間。
いきなり頭領さんに肩を掴まれ、そのまま立ち上がらされた。
「へっ……?」
「お前ら全員伏せろ」
「へっ? へっ?」
その人はいきなり私を腕に閉じ込めたと思ったら、高く跳躍した。
だからー、説明を要求する――――!!
そのままその人が跳んだ時、気付いた。
あれ? さっきまであんなに真っ白だった霞が……薄くなってる?
1歩歩けばもう後ろが見えなくなっていたのに、今は霞の濃度が薄い。
そして、チカチカと何かが光るのが見えた。
って、これ……。
「剣先で霞を切っているのか」
「はあ……そんな事……」
「普通の刀剣だったらとうてい無理だがな。宝貝ならやれん事もない」
そう言って、その人はとんっと地面に降り立った。
この辺りの霞は晴れた訳ではないけれども、さっきと比べるとすっかり薄くなっていた。
「この阿婆擦れ。じっとしてろって言ったのに、何で捕まってるんだ」
剣を構えて霞を切っていたのは、辰巳だった。
剣先をそのまま、頭領さんに向けている。
「何よー、あんな怖い所に置いてくのが悪いんでしょ!?」
「霞が濃いからあそこにいたら見つからなかっただろうが」
「近くに盗賊いたら怖いじゃん!」
「ふーん……嬢ちゃん、このガキの僕か」
ってこの人も何言い出すの……!
「しもべなんかじゃないから!!」
「ふーん、まあいいがなあ」
頭領さんは不敵に笑う。
それはさっき腹抱えて笑っていたのとは打って変わって、やけに獣じみた笑いで、少しだけゾクリとしたものが背筋を走る。
「生憎今求婚中だ。終わるまで待ってくれ」
「って、まだその話続いてた訳!? 無理! 好みじゃない人とはお付き合いできないから!!」
「……阿婆擦れ。まさかお前、また尻尾を……」
「触ったわよ、もふもふしたわよ、それが何なの!?」
「…………」
辰巳は黙って剣を腰の鞘に納めると、何も言わずに私とこの人の側に寄ってきた。
「こーの馬鹿たれぇぇぇぇ!!」
そのまま勢いよく私に拳骨を落としてきた。
って、何ソレ!!
「ちょっといったーい!! 何すんのよ馬鹿!!」
「馬鹿はお前だ! 水鏡でも見てみろ、馬鹿が映ってるぞ!!」
「何よ、馬鹿って先言った方が馬鹿なのよ! バーカバーカ!!」
「餓鬼かお前は!」
「先に馬鹿って言ったのはアンタでしょ!?」
そのままぎゃいのぎゃいのと言っていたけど、私を抱えていた人は笑いながら、背中に手を回す。
シュルッと言う金属の擦れ合う音が、背中から響いた。
「まあ、お前らが仲いいのは分かったが、その辺にしろ」
「よくない!!」「ぜんっぜんよくないから!!」
「まあその辺で」
その人は、自分の背に背負っていた大剣を抜いていた。
「とりあえず求婚の邪魔だ」
「……こいつの結婚はどうでもいいが、俺もこいつを元の場所に返す義務がある。返してもらうぞ」
そのまんま、私は解放されたけど、替わりに部下の人達に取り押さえられてしまった。
「えっ、何コレ……」
これっていわゆる。
「私のために争わないで……?」
そんな馬鹿な。
どうしてこうなった。
私は剣を構えて睨み合う2人を、呆然と見比べていた。