逋逃篇 十四
凍てつく夜に、剣戟の火花のみが煌めく。
俺達は未だに際限なくやってくる兵士達を相手取っていたが、そろそろこちらも腕が痺れてきた。元々剣と槍だと柄の長さが違う。柄の長さが違う以上は、大きく振り上げるか、懐に入る以外に対処する方法はない。兵士達は俺はともかく、戌亥の事は殺しても構わないらしいが、こちらは兵士を一人でも殺してしまうのは困る。さっきみたいに術でやられたのは失態だった。
ますます俺達に罪状をかさ増しして、指名手配を重くされたら叶わない。国丸ごと敵に回るのは本当に困るのだ。ただでさえ最下層は貧困層だ。懸賞金をかさ増しされたら群がられてしまう。
……卯月達にあれを渡しておいて正解だったか、と少し考えて、剣を構えようとした時。
何かがこっち目掛けて真っ直ぐに飛んできた。
「なっ、何だあれは!?」
「雲?」
それは、筋斗雲だった。筋斗雲は真っ直ぐに飛んでくると、雲の切れ端でひょい、と俺を持ち上げた。俺は持ち上げられたまま、柔らかな雲の感触をしばし味わう。
「……あの馬鹿、俺に寄越さなくってもよかったのに」
お人よしがさもいい事したような顔で今頃笑っているんだろうと思うと、何となく腹が立ったが、同時にほっと息を吐いた。筋斗雲を手放せる程度には安全圏に避難できたと言う事だろうから。
ひょいとこちらに飛んできた鞭がしなって雲の切れ端を掴んだ。同時に飛んできたのは戌亥だった。戌亥がひゅるりと口笛を吹く。
「卯月達は無事か」
「の、ようだな」
「しかしお前さん、最初からこの事計算に入れてたのか?」
「何がだ」
筋斗雲は加速していき、風が氷のように頬を突き刺さった。それでも、さっきから目にちらつく灯りの炎が遠ざかって行くのは少しだけ爽快なように思えた。
戌亥は筋斗雲にあぐらをかいて、勢いをつけて遠ざかって行く兵士達に手を振りつつ、口元をにやりと笑って吊り上げる。
「卯月と子子を逃がすのに必要な足も、俺達が逃げるのに絶対卯月がお前のお師匠さんの僕を俺達の元に向けるのも」
「さあ」
計算していなかったと言えば嘘にはなるが、ここまで思いの外上手い事いくとは思わなかったと言うのも事実。
風を切りながら、筋斗雲は飛んでいく。景色がどんどん流れ、俺達を夜風が殴って来るのに耐えながら下を見下ろしていた所で、ぐんぐんと近付いてくるのは、闇夜でもぽつぽつと灯りの点る万里の長城の長い長い城壁だった。一番警備が薄いのは最下層だが、そこまで行くのはできるだろうか。
どこで降りるかを考え始めてる中、灯りを見ながら戌亥はぽつりと漏らす。
「しかし、一応万里の長城で待ち合わせだからいいとして、このまま北都国にまで逃亡するって言うのは考えなかったのか?」
その問いに、俺は軽く首を振る。
「それも考えたが、まだ北都国の方の現在の情勢が分かっていない。確かに俺の知ってる限りだと尾なしにも温情のある国だったが、卯月は今指名手配がかけられている。兵達の言い方が曖昧だったが、俺達も。国外逃亡犯を保護なんて名目を与えたら」
「……大国同士のくすぶってる戦火を刺激しかねんって事か」
「今回は王族直々の勅令だからな。どう転ぶかが分からない。ところで、万里の長城はいわば中立国のはずだが、兵力はあるのか?」
「いきなり物騒だね、お前さんも」
戌亥は呆れたような顔で鼻を鳴らすと、少しだけ唇に手を当てる。
「一応城壁の自警団は存在してるが、大国の軍に太刀打ちできるほど練成はできてない。むしろ戦力と言えば俺達だな」
「……蓬莱の枝か。そう言えばお前達のねぐらだったな」
「庭みたいなもんだよ。って、そろそろだな。ここいらで降ろしてもらえるか?」
そう言って指差した先は、まだ万里の長城の中腹位の場所だった。戌亥の指差した辺りはやけに明るく見える。俺は訝しがって戌亥を見ると、戌亥はへらりと笑った。
「あそこだ。俺達のねぐらは」




