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逋逃篇 十三

 灯りは揺らめき、茂みはざわめく。

 打てば響く、耳障りな鉄と鉄のこすれあう音。がつんがつんと剣を振りかざせば、それは槍の柄で受け止められる。多勢に無勢とはこの事なんだが、今は卯月と子子を逃がせた事にほっとするべきだろう。

 俺の隣で戌亥が大剣を振り回して、兵を薙ぎ払っていた。さっさと向こうから引いてくれたらあいつらと合流できるのに。そう頭の中で思っていても、そう簡単に思い通りに事が運ぶものでもない。


「……ほんと、きりがないな」


 戌亥がそう軽口を叩く。でも今が夜中の山奥にも関わらず息を切らせて抗ってるのだ。余裕なんてものがある訳もない。俺は返事の替わりにまたこちらに襲い掛かって来た兵士を剣の柄で殴り、それを後ろの兵士達にぶつけていた。

 本当、一体どれだけの兵士を布陣していたんだ、あの女は。

 そう思いつつも、どうしてこれだけの人数がいるにも関わらず卯月達を追撃しないのだろう、と辺りを見回す。……埒が明かないか、このままだと。

 俺は倒れている兵士一人……幸い味方らしい兵士達はまだ助けに来てはいないようだ……に剣先を突きつけた。


「……一つ確認したい事があるがいいか?」

「っ……賊が何だ!?」


 俺は剣先を更に下ろし、首筋に当てる。血がじわりと滲み出て、男はかくかくと口を震わし始めた。俺は更に柄に力を込める。


「本当に尾なしの女……あいつだけが狙いか?」

「っ……」


 兵士は震えながら歯を食いしばって耐えるだけで、答えようとはしなかった。向こうでは戌亥が大きく大剣を振り回し、兵士が吹き飛ばされているのが見える。今はきっとこの男を助けに来る者はいないだろう。

 やがて。俺が更に柄に力を込めると、ようやく震えた兵士が喉を動かした。


「術が……」

「術?」

「異界へ行くための術が……必要だと。そのためにあの女を捕らえると」

「……つまり、卯月だけじゃなく、捕らえるのは俺もと言う事か?」


 兵士が最後まで言う事もなく、俺の剣先に自ら首を差し出した。血が、大きく吹き出てそのまま崩れ落ちた。その後、男の顔に全身墨で書かれたような文字が一気に男の顔全体を走ったかと思うと、さっきまでの這いずり回った文字は嘘のように消え失せた。

 ……あの女。

 俺は舌打ちする。あの亥の時と同じく、余計な事を言わせないよう自害用の術まで施して。でも同時に俺の失敗したはずの術に、どうして固執する?

 あの女の性格上、卯月の元いた国が尾なししかいない国だと知っても、わざわざ危険を冒して俺の失敗した術式を欲しがるとは思えない。……一体何がそうさせる?

 俺が考えにふけっている中、また槍の切っ先がこちらに向かって来た。


「貴様……、よくも!!」

「ふん」


 一体。あの女が何を考えているのかは置いておくにしても、せめてさっさと兵士達を撤退させない事には俺達も万里の長城に辿り着く事ができない。

 俺と全く同じ事を思ったのか、また木を何本も薙ぎ倒しながら兵士達をそれの下敷きにしている戌亥が合流する。


「どうしたもんか。このままだと弱い者いじめだし、大した情報も持ってないみたいだし」

「持っている奴は持っている奴で、口止めがひどいからな」

「お前さんの姉さん、本当に口の固い女だな。本当あの性格でなければいい女なんだが」

「……誰が誰の姉さんだ。あいつを姉なんて思った事は一度もない」

「どうする? そろそろ俺の宝貝で一蹴してやっても構わないんだが」

「やめといた方がいい」


 と、こちらに風を切る音が近付いてくる。俺が剣で弾き落とすとそれは弓矢であった。どうも槍だと太刀打ちできないと思ったのか、弓矢でじわじわ俺達の体力を削る作戦に切り替えたらしい。

 ちっと俺は舌打ちをする。対して戌亥は楽しげに目を細めた。


「そうだなあ。向こうには宝貝使いはいないようだし」


 あの二人は大丈夫だったんだろうか。卯月と子子が降りて行った先を考えて、黙って再び剣の柄に力を込めた。

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