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逋逃篇 十一

 茂みと一体化になっている事を祈りながら、ただ私は子子ちゃんと手を繋いで息を潜めていた。寒さで唇が震え歯がかち合いそうになっても、ただ歯を食いしばって堪えていた。

 背後では相変わらず枝をぱきぱき踏む音や、茂みに服を引っかけてそれを乱暴に払う音が聞こえるが、幸いまだこちらにまで灯りは追ってはこない。

 お願いだから、早く行って。歯を食いしばっても唇はプルプルと震えるのは、寒さからだけではない。辰巳と別れてる中、捕まる訳にはいかなかった。

 でも。暗闇に慣れて来た目に突然光が差し込む。日の光には程遠くとも、冷たい空気がわずかに緩んだ背中に感じるのは背筋の凍りそうな冷や汗だった。


「いたぞ!!」

「指名手配の女だ!!」

「ギ……ギャ────!!」


 私は思わず叫んで、防犯スプレーを火を向けて来た男の人に振り掛ける。突然の奇襲に男の人からも悲鳴が上がる。


「どうした!?」

「この女、毒霧を撒いて来た……」

「何だと!? あの女仙道か!?」


 その声を聞きながら私と子子ちゃんは必死で走って逃げ出していた。


「何でこうなるの! 私じゃなくってあの女の方が仙道なのに……!!」

「仕方ありませんよ。卯月さんの持つそれは、私達は見た事ありませんから」

「そうかもしんないけどさ!」

「でも好都合かもしれません」

「えっ、何が?」


 子子ちゃんは走りながら後ろを振り返る。火はちらちら見えるものの、こちらを追いかけてくる気配がない。

 ありゃりゃ、どゆ事?


「私達は基本仙道には勝てませんから。宝貝を持つならまだしも、邑人に宝貝を手にする手段も機会もありませんから」

「あー、なーるほど……でもそれならもうちょっと早く使ってればよかったかなあ」

「そうとも限りません」

「ん、どゆ事?」


 私がこてりと首を傾げると、子子ちゃんは困ったようにうつむいた。


「宝貝使いなら仙道に対抗できますから。私達も宝貝がないのに、そんな人連れて来られたら一溜まりもありません。早くこの邑周辺から離れましょう」

「あー……」


 辰巳と戌亥さんの激しいぶつかりあいを思い出し、少し溜息。

 辰巳がどうしてこれを渡してくれたのか分かった気がした。

 私は子子ちゃんの手を離すと、彼女は少しだけ驚いたような顔をした。私は口パクで「大丈夫」と言うと鞄から辰巳に投げられた竹簡を取り出し、それを広げた。

 中からは筋斗雲がぽふんと出て来た。


「卯月さん、それ……」

「うん。子子ちゃんは初めてだよね。乗って」

「乗ってって……」


 どう見ても雲が浮かんでいるのに子子ちゃんは困惑しているのに、私は思わず笑う。こっちの世界に来て、変な目にばっかり合っているけど、案外私は図太くなっているのかもしれない。成長なんて全然してないはずなのに。

 私はひとまず筋斗雲にぽふんと乗ると、この所ずっと地面に寝ていたせいもあって、久々のふかふかした感触に感動してごろごろとした。そして子子ちゃんを引っ張り上げる。


「う、うわ……」

「うん。じゃあ行こう」

「えっと、どちらに……ですか?」

「夜に紛れてだったら、下れるはず。このまま最下層を目指そう」

「……夜だったら、戌亥様と辰巳さんと合流する事もできるはずですが」

「あー、それも考えたけどさ」


 甲さんの僕であるこの雲は、私達を乗せたと判断したらそのままふんわりと飛んでくれた。夜風が頬に突き刺さって寒いを通り越して痛いけれど、邑の人達の火が上までには届かないのはありがたい。今日は星一つ浮かんでない暗闇なのだ。上を飛んだ所で見つかる事もない。


「……辰巳達とはさ、約束したから。最下層で会おうって。きっと辰巳が自分が使わずに私にこれを託してくれたのはこのためだと思うから」

「そう……ですね」

「あいつも馬鹿だよね。口うるっさい癖に、変な所で優しいから」


 信じたい。

 ちんけな言葉だとは思うけど、他に私の語彙で言える言葉がなかった。信じたい。だから、最下層で待つ事にしよう。

 頬を突き刺しながら、私達は最下層へと急ぐ。

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