逋逃篇 十
拳骨サイズの石を投げてきたのは、いつか申さん達の邑の人達が着ていたような、薄い服に草履と言う、一般的な邑人そのものの格好の男の人達だった。手には鍬を持って、小さな子供が石を投げている。
この人達には……尻尾がある。今は私も仮尾をつけているから、仮尾を取られないと差別なんてされないはずなんだけど。
まさか……でもそんな事ってありえるのかしら、と思いつつ、私は息を切らしたまま邑人さん達を見た。子子ちゃんの横顔を盗み見たら、その顔はやけに白く感じた。いや、青い?
「指名手配の娘が来たぞ!」
「って、やっぱりそう言うパターン!?」
私が思わず悲鳴を上げる。って、どうして上から下にすぐ情報伝達されてるの!! 私のつっこみを他所に、子子ちゃんは私の手を取って横道に入る。舗装もされてなければ茂みだって伸び放題だから痛い事この上ないけれど、後ろから拳骨サイズの石を何個も何個も投げて来るんだから、逃げるしかできない。
子子ちゃんは小柄だけれど、流石に戦争や紛争を生き抜いてきただけの事はあり、少しの判断でどこに逃げればいいのか分かるみたいに、私の手を離さないまま茂みを絶妙に走り抜けていた。
ようやく男の人達の声が聞こえなくなった時は、流石に二人揃って汗を拭きながらぜえぜえと身体全体で息をする羽目になった。
「はあ……はあ……子子ちゃん、本当にありがとう……」
「はい、本当に……すみません」
「何で子子ちゃんが謝るのかな……」
「だってあの人達、お金に目がくらんでましたから。でも、丁さんは何がしたいんでしょうか。指名手配までして」
「へ? 辰巳の嫌がらせ以外にも何かあるの?」
祭具用の宝貝を盗んだのだってあの人なんだから、何をしでかしてもまたあの人か位にしか思えないんだけどな。
私が思わず首を捻っていたら、子子ちゃんは考え込むようにぽつりぽつりと言う。
「ひとでなしは人権がないと扱われますから、本来だったら指名手配なんてしないんです。ですから、あの丁さんは本気で卯月さんを欲しがっているのだと思います」
「えー……私、あの人が嫌がってる人種なはずなのに、その私を欲しがるって何なのかね」
「分かりません。辰巳さんだったらもうちょっと何か分かるのかもしれませんが」
「うーん……辰巳達、大丈夫かなあ。待ち合わせ、できるといいんだけど」
「戌亥様がおりますから大丈夫ですよ」
「そっか」
確かに辰巳はキレやすいけど、戌亥さんがフォローしてくれるし。戌亥さんのミスは辰巳が取り返してくれるから大丈夫か。
うん、確かに大丈夫そうだ。
「待ってるから早くこーい」
そうぽつりとだけ呟いて、二人で待つ事にした。
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本当ならば日が落ちたのならすぐに火を焚きたい所だけれど、今日ばかりは火をつける訳にはいかなかった。ゆらゆら揺らめく火は、私達を探している邑人さん達の灯り。辰巳達はどういう訳かちっとも来なかった。
まさか──南都国に連れてかれちゃったの? 上に行って探しに行こうとしたけれど、それを子子ちゃんは首を振って止めた。
「私達が捕まったら、折角逃がして下さった戌亥様は辰巳さんに対して申し訳が立ちません」
そう言って、私が上に登ろうとするのを懸命に拒んだ。辰巳……。それに子子ちゃんは尚も言葉を重ねる。
「私は仙道様ではないですから、仙術の事は分かりませんが……。卯月さんが私達の言葉が理解できるのは、辰巳さんと契約している関係なんですよね?」
「うん。甲さんがそう言ってたから、多分間違いない……」
「もし辰巳さんが殺されていたら、その契約は切れているはずですから、私達の言葉が分からなくなるはずです。卯月さんは今、私の言葉が分かりますか?」
「普通に私の世界の言葉で聞こえてるよ。なら……」
「はい。辰巳さんは生きています。絶対」
そう言って子子ちゃんはにこりと笑いながら頷いてくれた。駄目だなあ。子子ちゃんだって戌亥さんの事無茶苦茶心配してるだろうに、私ばっかり。
そうまだ日が出ていた時の事を思いながら、私と子子ちゃんは、ただ息を殺して揺らめく火を見ていた。
膝を抱えて、白い息に何とか耐える。
確かに身体は冷たくって冷たくって仕方がないけど、子子ちゃんと肩と肩をくっつけていればまだ何とか凌ぐ事ができた。でも……。
足音は刻一刻とこちらへと近付いて来ていた。
「いたか?」
「いや、まだだ」
「ひとでなしを指名手配にするなんてよっぽどの事だろうが。あれの懸賞金もすごい。あれさえあれば、一生遊んで暮らせる!」
「だからこうして邑ぐるみで探しているんだ。とっとと探せ。この森は一日で越えられるものじゃない」
枝をぱきぱきと踏みながら歩く人達の言葉が、本当に背後で聞こえる。今動いたら見つかる。でも、火が近い。私の唇が自然とぷるぷると震えるのは、寒いからだけじゃないと思う。きっと怖いって本能的に思っているからだ。
そう思っていたら、子子ちゃんが私の手を握ってきた。その手は、こんなに寒い中でも温かい。
私は黙って、こくりと頷いた。




