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逋逃篇 八

 辰巳の住んでた洞窟に来てから今日までこの世界にいて、少しだけ分かった事がある。この世界は大きな山一つがこの世界で、海は空の上、仙人郷と今私達がいる下界を区切る雲海にしか存在しないらしい。

 うーん、山一つだけの世界ってよく分からんなあと思ってもみるけど、よくよく考えたら私だってお金もなければ地図にも疎いし、テレビや本で「世界はこんなに広いんだよー」と世界旅行のピックアップされても行った事ないから実感しないし、住んでる人達が全く気にしないならそんなものなのかもしれない。

 初めて来た時仙人郷をひたすら上へ上へと昇って行くよりも、下へ下へと下って行く方が楽だなあと言うのは、私の世界もこの世界も変わりがないみたい。

 戌亥さんを先頭に、私と子子ちゃんが歩き、その後ろを辰巳が着いて行く。辰巳はずっと剣の柄に触れているのが何だか物々しい気もするけど、多分丁が何かしてこないか警戒しての事なんだろうな。

 そうぼんやりと思っていた時。私は足に違和感を覚えた。


「いった……」

「おいおい、大丈夫か?」


 流石にずっと歩きっぱなしだったせいか(と言うよりこの世界には交通手段がほぼ徒歩なんだもの。筋斗雲だって目立つからって理由で昼間は滅多に乗せてくれないし)、私の履いていた革靴はべこべこになってしまっていた。だって前に見世物小屋のあった小国以外の町や邑の道なんて、全然舗装されてないんだもの。革靴じゃなくって登山靴で歩くレベルだと思う。登山した事ないから登山靴なんて履いた事ないけど。

 靴を脱がし、靴下を見ると、血で滲んでいた。どう考えても、歩き過ぎて豆作って、それを潰したみたい。

 本当、貧弱な身体だったんだなと今更実感する。だって都会育ちがそんな事気にする事なんて全然なかったんだもの。

 私の足を見ながら、子子ちゃんは困った顔で私を見る。


「困りましたね、この履き物でしたらこれ以上歩くのは無理かもしれません。替えを用意した方がいいですね」

「え……? 子子ちゃん靴を用意できるの?」

「ちょっと待って下さいね」


 そう言いながら子子ちゃんは自分の荷物を解くと、その中から藁らしいものを取り出し、それを手早く編み始めた。って、これって。

 私が思わず目をぱちぱちとさせていたら、子子ちゃんは出来上がった草履をにこにこしながら私に差し出した。


「はい。この足と履き物の間に履いているものを脱がないと駄目だとは思いますけど、壊れてしまっているこの固い履き物よりは歩きやすいかと思います。……豆が潰れてしまっていますから、こちらも手当てしないといけませんね」

「うん、ごめん。ありがとう子子ちゃん」

「いえ」


 子子ちゃんは私の靴下を脱がせると、辰巳の手当てをしたのと同じく、麻布に薬草を混ぜたものを私の破れた豆に張りつけた。痛みで思わず声が少しだけ漏れるけれど、これで泣いても仕方がない。子子ちゃんはそれを私の足首で縛ってから、草履を履かせてくれた。

 壊れた革靴は、仕方がなく私の鞄の中に突っ込んでおく事にした。本当……どんどん物が壊れていくけど、私帰ったらどれだけ物を買い直さないといけなくなるんだろうと思いつつ、てんてんと草履で歩き回ってみた。

 もっと薄いと思っていたけど、割と藁がクッションになってくれてて、歩きやすい。


「ありがとう、本当に」

「はい」


 私と子子ちゃんがそう言って笑っていた矢先。戌亥さんと辰巳が得物に手をかけている事に気付く。

 ちょっと……あの丁って人と別れてまだ一日しか経ってないはずなのに。もう来たの……? 思わず私がぎゅっと自分の胸元を掴んだその時。


「貴様ら、ここをどこだと思っているか!?」


 雄々しくて硬質な男の声が響いた。戌亥さんは大剣を背中から引き抜くとひゅるりと口笛を吹く。反対側の道から現れた旗には見覚えがあった。確かあの邑で申さんの許嫁さんをさらいに来た……南都国の国旗。


「ここはまだ、どこの国や邑にも属してないはずだよなあ? 一応は」

「何を言っているか、ここは南都国の領域! そしてそこの女!」


 そう言って私を指差すと、何か竹簡を広げて見せる。何を書いているのかはよく分からなかったけれど、それを見た瞬間辰巳の眉間の皺が深く、目つきが鋭くなるのが分かる。


「貴様は后妃様を辱めた、皇族公務妨害罪の罪がかかっている!」

「は……はあ……!!??」


 何を言ってるのか、本気で分からない。勝手に押しかけてきたと思ったら、私が指名手配って。

 あの女、本当に何考えてるの──!!

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