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逋逃篇 七

 あの丁って人がどういう人って言うのかは辰巳の言葉だとやっぱり分からなかったけど、相当まずい人らしいって事は、何となく理解ができた。

 やけに浮世離れしているように見えて、何でも出来過ぎる人。仙人位の実力で仙術に長けていて、綺麗で大国に嫁いでしまった。でもその人が何で辰巳にちょっかいをかけるのかはいまいち分からなかった。だって、あの人尻尾ない人を本当に人間だなんて思っていないじゃない。

 私が黙り込んでいると、辰巳は首を振った。


「正直、どうしてあいつが俺と卯月の主僕契約に割り込みをかけてきたのか、こっちもよく分からない。さっき確かめたけど、今の所は術式を勝手に崩されたり読み取られたりはしていないみたいだけど」

「そ、そうなんだ。よかった……」

「ただ油断は禁物だし、そろそろ南都側にしてもあまりよくないだろうな」

「え?」


 それに私は首を傾げると、戌亥さんは頷く。子子ちゃんは辰巳の怪我した部分に張りつけた布を取ってから、別の湿らせた布で拭き取った。拭き終えた分は薬草と一緒に燃やすと、烏龍茶みたいな渋い匂いが立ち込めた。血液だからむやみに洗ってもよくないのかもしれない。

 そして自分の手も烏龍茶みたいな匂いのする袋に突っ込んでから、子子ちゃんは別の小鍋に水を入れて茶葉を淹れ始めた。多分こっちは食後のお茶だ。

 それを尻目に戌亥さんは口角をきゅっと上げると頬杖をつく。


「普通に考えて、南都の皇族を敵に回したんだ。万里の長城を越えて北都の方角に逃げるしかないだろうな」

「そんな……でも」


 でも、私を帰す事ができる宝貝は、丁が持ってるはずなのだ。このまんま逃げ続けても埒が明かないし、何のための旅なのか分からない気がする。でも戌亥さんは割と余裕そうな顔をしている。


「宝貝の事か? 問題はないはずだ。南都は執拗にひとでなしへの虐待行動を公にしているし、それが当たり前に浸透しているのに対して、北都はそうじゃないからなあ」

「あの意味がよく分からないんですけど」

「……今は仙人郷以外だったら大国位にしか残ってないからな、古き理は」


 辰巳がそう口を挟んだ。その何度も何度も聞いている古き理って奴は、何度聞いてもぴんと来なかった。そもそも辰巳も戌亥さんもその言葉を知っているだけで、内容までは知らないみたいだし。

 私が分からないと言う顔をしているのを見たせいか、辰巳は少し目を細めて口を開く。


「……古き理が残ってる二つの国が、同じ種族に対する扱いが全く違うと言うのは、おかしいって言う話だ」

「あれ? 戌亥さんの言い方だったら、てっきり尻尾ない人は皆……」


 虐待されてるのかと思ったけど、と口にする事は辰巳の手前できず飲み込んだ。戌亥さんは頬杖をついたまま笑う。

 小鍋からはゆらゆらとお茶葉の煮出された匂いが漂う始める中、辰巳は続ける。


「万里の長城で区切られた南側では南都国を始め、尾なしへの圧政は続いてるけど、北はそうじゃないと言う話だ」

「え? どういう」

「古き理の内容は俺も知らない。仙人になれなかったら知られない事なんだ」


 そう言って辰巳は少しだけ悔しそうに唇を噛みしめる。その顔を眺めながら戌亥さんが辰巳の言葉を継いだ。


「小難しい話になってるがな。北には古い物が残ってるなら、祭具用の宝貝も残ってる可能性が高い。ひとでなしに対して差別意識が低いなら、譲渡してもらえる可能性も高い。丁から奪取するよりはよっぽど算段が高いって話だ。山を下ってから太極図も何の反応も示さないんだから、行ってみる価値はないかと、こういう話」

「ああ、そういう事か」


 思えば太極図の反応があった時も南の方にあった時にあからさまに辰巳も戌亥さんも渋い顔をしたのは、その辺の話も作用するのかもしれない。

 反省しないとな……。つくづく頭の悪い自分の頭を思わずごっちんと拳で叩いた所で、すっと湯気の漂う器を差し出された。子子ちゃんがお茶をくれたのだ。


「私も難しい話は分かりません。この国の人間ではない卯月さんだったら尚の事だと思うんですよ」

「うん……駄目だなあ。私、全然何もできてないもん。戦う事もできないし、治療する事とかもできないし、頭だってよくないもん。帰りたいのは私の願いなのになって」

「……卯月は」

「ん?」


 子子ちゃんがお茶を配るのを会釈しつつ受け取った辰巳は、そっと器に口を付けて唇を湿らせた。


「それでいい」

「は? どゆ意味? それ」

「うるさい」


 辰巳はそれ以上は何も言ってくれなかった。

 いっみ分からん。この頭かっちんこっちんは本当何考えてるのかさっぱり分からん。私が辰巳のリアクションに思わずぶすっとした顔で返す中、戌亥さんはお茶を一気飲みした。


「じゃあ、さっさとこの山を下るか。北に行く以上、南都からは離れれば離れる程いいからな」

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