逋逃篇 六
子子ちゃんは少し脅えていたけれど、それでも辰巳を清潔な布で血を拭き取って、治療してくれた。
「子子ちゃんすごいね」
「仙道様に治療法を習ったのです」
「えっ、そうなの? お医者さんではなく?」
「おいしゃ……?」
子子ちゃんは少しだけ首を傾げながら、持っている薬の粉末を水で溶いてガーゼみたいに薄い麻布で挟み込むと、それを辰巳の顔に張りつけた。
……うーん、この世界、もしかして医者って職業ないのかしら? そう言えば甲さんも時々仙人郷から地上に降りるとか言う話を言ってたような気もする……。医療技術が仙人郷にしかないんだったら、それを地上の人達に教えて回るのが修業の一環なのかしら。辰巳だって前に申さんの治療をしていたし。
「あの、卯月さん?」
「あー……ううん、何でもない。それより辰巳、あの人がだよね? 甲さんから宝貝全部持って行っちゃった辰巳のお師匠さんって」
「ああ……あいつだ。……ありがとう」
辰巳は悔しそうな色を口元にありありと滲ませつつも、子子ちゃんにお礼を言う。子子ちゃんは少しだけほっと溜息をつくと、戌亥さんの傍に戻って行った。
戌亥さんは少し考え込むような顔で、辰巳を見ていた。
「あの女……丁だったか。相当まずい考えの持ち主みたいだなあ」
「あの女は……どうして放置してるのかもよく分からない。師匠も「古き理」の一点張りで、地上に行ったあの女に対して手出しをできないみたいだから」
「うーん……てっとり早くあの女から宝貝を奪ったら卯月は元の世界に帰れるんだろうが……それも厳しいな」
「そうだよね、だって丁さん今どこにいるのか」
「いやどこにいるのかはっきりしてるから問題なんだよなあ」
「えっ?」
「あの女の着ていた服の布地……王族、それも大国の女じゃなきゃ着れないものなんだよ」
「えっ?」
戌亥さんの言葉に私は辰巳を見ると、辰巳もそこまでは分からなかったらしく、目を大きく見開いていた。子子ちゃんも、困ったように戌亥さんの服の布地を掴んでいる。
「一応聞いておくが、あの女何者だ? 仙道だったんだろう?」
戌亥さんの真剣な顔に、辰巳は少し黙り込む。その口元には未だに悔しそうな色が残っているが、それを飲み込むように一息すると、口を開いた。
「……あいつは、俺の姉弟子は仙人昇格試験を受けて、その後に行方をくらましたんだよ。その時は俺も一人で修業している頃だったから、宝貝を盗まれた事までは知らなかった」
「ふーむ……なるほど。で、その後あの女がどうやったのかまでは知らないが、王家に嫁いだと」
「ちょっと待って、仙女が王家に嫁入りとかってありえるの!?」
「……俺もあの女がどうやって王家に嫁いだのかまでは分からない。ただ……あの女は危険だ」
「危険って」
でもあの人はしゃべっていても思った。あの人はおかしい。おかしいんだけど、それをどう説明すればいいのか、よく分からなかった。
「……あの女の欲には、理由も際限もないんだよ」
辰巳は、忌々しいと言った様子でそれだけ言い捨てると、口を引き結んだ。




