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逋逃篇 五

 南都国は染料が名産品であり、そこから発展して細工物、衣服の輸出入により発展した商人の国である。

 秋になると染料になる花が咲き乱れ、その花の収穫する田園風景は、この国の風物詩でもあった。

 皇后陛下は大層この花を気に入り、後宮ではこの花が観賞用として咲き誇っていると専らの噂であった。

 しかし、この国を支えるもう一つの産業が存在する事は、実は国内だとあまり知られていない話である。


/*/


 廊下を歩くと、今年も花畑から芳香が運ばれてきていた。芳香の漂う中庭に楽団を呼び、舞を眺めながらお茶を嗜むのは皇后の趣味ではあるが、今日は他に用事があった。


「皇后様、どちらに参られていたのですか?」

「お花畑に」

「まあ……」


 女中は口元を隠しながらくつりと言う笑い声を漏らす。

 本当にやりやすい国。表情にはおくびにも出さず、皇后はただそう考える。

 頭の中では先程数年ぶりに再会した一応弟弟子と、その僕の娘に出会った状況が繰り返し浮上していた。その僕はおぼこく、言っている事があまりにも幼稚ではあったが、同時に彼女の存在は僥倖であった。

 弟弟子の術には興味がなかったが、あの娘は別である。

 そう考えている中、奥から物々しい音が聞こえた。


「未、こんな所にいたのか」

「陛下、最近は随分忙しそうでしたのに、こちらに来られてもよろしかったのですか?」


 未は目を細めて笑みを浮かべる先には、後宮を唯一訪れる事のできる男──国王陛下──が立っていた。女中達は原因大きく頭を下げて彼を出迎える中、皇后は陛下の下へと歩みを進め、にこやかに陛下の腕の中に落ち着く。


「忙しいからこそ、未から元気をもらわねばならないのだ」

「まあ陛下、お上手ですわ」


 ころころと笑う皇后。実際、彼女が陛下の元に嫁いで以来、この国の国王にしては珍しく、側室を迎える事もなければ、妾を作る事もなかった。

 国王は国王で、皇后が煌めくばかりの美しさだけで彼女だけを選んだ訳ではない。国王は太い腕の中で皇后を抱き寄せながら、皇后の首筋を撫でた。


「しかし、小国や邑の合併は続いてはいるが、牧場が一つ失われた事は痛いな。大量のひとでなしこそが、この国を潤していると言うのに」

「本当に。反乱分子は万里の長城を目指しています。万里の長城を破壊すれば北都国を敵に回す事は明白。長城を超える前に兵を向けなければいけませんが、今はそのわずかな反乱分子のために兵を裂くのはよろしくないと存じます」

「貴重な牧場だと言うのに、他に代替案があると言うのか?」

「今日、偵察を送り確認しましたの。先日の反乱分子の動向を。反乱分子が二種類に分かれているのが妙な話でしたので」

「反乱分子……普通に考えれば、収穫を拒否して邑ぐるみで逃亡ではあるが?」

「そうなのですが、それならばどうして収穫の時期だったのでしょうか? 収穫する前の時期に邑を捨てる手段もあったはずですし、あの邑も随分と従順でしたのに」

「……誰かが入れ知恵をした?」

「兵が殺されていましたの」


 それに陛下は少しだけ目を大きく見開く。

 ひとでなしが尾付きに逆らう話はよくあるが、それをすれば邑一つ滅びると言う事が分からぬ道理などない。皇后は更に続ける。


「……先導している者がいると」

「その中に異界の娘がいました」

「……異界の娘? 話が見えないが」

「反乱分子の中にいたのは、仙人郷の仙道に長城に住む盗賊、そして……それらを先導していたのは、異界のひとでなしでした」

「何だと? ……異界のひとでなしが、この国に対して反乱を起こそうとしていると言うのか?」

「……仙道があの者を呼んだのです。この国を滅ぼすために。最初は確かに邑一つが瓦解しただけで済みましたが、反乱分子は小さい内に潰した方がいいでしょう」


 陛下は歯を食いしばって考え込むようにして目を瞑ると、皇后を離す。

 この国は。

 平和なのは国内だけ。大量の反乱、内戦、紛争の上に築かれた平和の上で成り立っている。

 それに気付いている者は一体どれだけいるだろうか。皇后はそう思いながら陛下を見ると、やがて口は開かれた。


「……指名手配をするしかないか。済まないな、未。すぐに用事を済ませてくる」

「お勤めお疲れ様です、陛下」


 皇后がうやうやしく頭を下げる中、国王は急いで立ち去って行った。

 さて。

 種は撒いた。後はどう芽吹くのか。

 そんな考えはおくびに出さず、頭を下げたままの女中に声をかけた。


「花が散ってしまわない内に、庭でお茶をしたいのです。お茶の用意をしてもらってもよろしくて?」

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