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逋逃篇 三

 薬草の濃い匂いと竹簡の乾いた匂い、そして墨の匂いが漂う。私は正座させられたまま、辰巳に頭を触れられていた。唱えている言葉は、古文の授業で聞いた事あるようなないような漢詩みたいな言葉がつらつらと唱えられているけれど、翻訳されているはずなのに、今の私には何だか言葉がさっぱり通じない。

 これも主僕契約を上書きしている影響なのかしら? 私はちらりと私のつむじに手を置いて真剣に何かを唱えている辰巳を見た。

 地面に盛り塩みたいに薬草を盛られ、私を中心に円陣を剣の柄でがりがりと削って描かれていた。私が召喚された時に書かれた陣に似ているような気がするけど、それとも少し違うような気もする。どっちなのかよく分からない。そしてその円陣に書かれているものを読めないようにするためなのか、それとも別の意図があるのか、辰巳はその陣の上に竹簡を広げて並べ、隠してしまった。

 私が真剣に何かを唱えている辰巳を見ながらぼんやりとしていたら、私の頭にかかっていた体重は抜け落ち、頭が軽くなったと思ったら辰巳の手が離れていた。


「終わった。一応術の補強はしておいた」

「ふーん……変わった所は……よく分かんないけど。でもさ、辰巳は確か、尻尾がないから仙術を補助がないと使えないんじゃなかったっけ?」


 言ってて少しだけ「しまった」と思う。

 辰巳は尻尾がない事を相当コンプレックスに思ってるから、また怒りだすんじゃないかと思って、思わずおずおずと辰巳を上目遣いで見上げると、辰巳は少しだけぶすっとした顔をして少しだけそっぽを向いただけだった。


「そりゃ円陣を起動させる時には仙力は必要だ。でも既に俺とお前の間には主僕契約が結ばれているし、例えあいつが外から介入してお前の主僕契約を上書きしようとしても、先に俺とお前の主僕契約を断ち切らないと無理だ。既に結ばれている部分だったら、大きな仙力以外に補助が加われば補強はできる」

「ええっと、じゃあさっきのは仙術じゃないの?」

「仙力を使わない仙術もある。薬を使うのに仙道の修業は関係ないだろうが」

「うーんと、分かるような、分からないような……」


 辰巳の言い分だったら、どうもさっきの呪文と薬草、あと竹簡で補助をしたおかげで、大規模な仙力を使わなくって済んだみたい。

 ならよかったと思うべきなのか何なのか……。

 辰巳は黙って竹簡に火をつけると、陣ごとそれは燃えてしまい、燃えた跡には、さっき削った円陣すら残さなかった。ただふわふわと白い灰が舞うけれど、それも辰巳は踏ん付けてさっさと消してしまった。

 そしてそれが終わったと同時に、戌亥さんが茂みの向こうから声をかけてきた。


「終わったかー?」

「一応は」

「そうか」


 戌亥さんの気軽な相槌を聞きつつ、私は立ち上がった時。

 急に鼻に匂いが掠める事に気が付いた。さっきまで嗅いでいた竹簡や薬草の匂いじゃないし、土の焦げた匂いでも、竹簡や墨の匂いでもない。

 これは──。夢の中で散々嗅いだ、何だか分からない甘い匂いだ。

 この匂いを嗅いだ瞬間、辰巳は眉間に大きく皺を入れると、剣を抜いた。


「……こんな所で何をしている?」


 辰巳の声は鋭く辺りに響くが、匂いの主の返事は帰ってこない。辰巳はますます苛立った声を上げる。


「だから、こんな所で何をしていると聞いているんだ……!!」

「……何だ、この匂いは。随分と不愉快な匂いだな」

「あの……何でしょうか」


 茂みから出てきた戌亥さんと子子ちゃんも警戒して辺りを見回した。

 ガサリと言うような音も立たず、風一つ吹かない中。

 それは逆光の中現れた。


「お久しぶりね、辰巳」


 その声は言いようのない声色をしていた。

 鈴の鳴るような声なんて言う例えがあるけど、それとも違うけど嫌に心地のいい声。

 現れた人は、明らかにこの場において場違いな格好をしていた。

 私みたいにこの世界の服を着てないのならともかく、子子ちゃんみたいな軽装じゃなければこんな場所にいる訳もない。

 心地いい声の女性は、明らかに金持ちじゃなければ着れないような服を纏って、全身にいい匂いを纏わせていた──。

 いい匂い?

 私はその人をじっと凝視した。

 その人は、今までテレビで見てきた女優さん達みたいな何だか大衆じみている人とは違う。何かが抜け落ちてるような気がするのだ。

 綺麗だけど、確かに綺麗なんだけど。

 この人の「綺麗」に何かが決定的に足りない。

 私達が思わず黙り込んでしまっているが、辰巳だけは全く態度を変えなかった。

 剣が鋭く、朝の弱いはずの光を纏わせてつるりと光る。それを彼女に向けたのだ。

 黒く流麗な髪が数本ほど舞ったような気がするけど、彼女は身動き一つせず、避ける事すらせず、ただ辰巳を黒い目でじっと見ていた。

 そして、手で軽く辰巳を突き飛ばした。

 辰巳は大きく音を立てて地面に崩れ落ちた。


「ひどいのね、折角の姉弟の再会だと言うのに、辰巳」

「誰と誰が姉弟だ……冗談じゃない。冗談じゃないぞ……丁……!!」


 え……? ひのと……丁?

 彼女をじっと見た。

 甲さんの所から祭具用宝貝を盗んだり、辰巳に執拗に絡んだり、私の契約を勝手に上書きしようとした……この人、が?

 カタカタと歯が鳴った。

 それがどういう意味なのか、今の私には分からない。

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