閑話 悠久の国
さる大国の王が商家の娘を娶った。
それは瞬く間に国中に知れ渡った。
ある者は心底羨んだ。王と結婚するなど八仙と結婚するに等しく現実味の乏しい話が実在するとは、市中の娘達を洒落に目覚めさせるには充分な話であった。
ある者は王の正気を疑った。本来、王は国と婚姻を結ぶもの。より強固な国にするためには婚姻は全て外交に使われ、力を持つ武人や大臣の娘を后妃に迎えるのが一般的だったが、時の王の初婚の相手は、何とその民間の娘だったのである。
当然、国の大臣達は反対をした。
妾をどこから取っても政治にさえ参加させないのであれば問題はない、仮に妃に迎えるにしても、せめて武人や大臣の養女にしてから輿入れをするなど、段階を踏まなければ、他国にも臣下にも示しがつかない。王が自分の私欲のためだけに婚姻を決めてはいけない。
何度も何度も口酸っぱく正論を述べられたのだが、その婚姻の日になり、その娘を見た瞬間誰もが黙り込んでしまった。
王家から送られてきた着物に身を包み、髪に牡丹の花を飾り、しずしずと歩いてきた娘。
「面を上げよ」
上げた顔を見た瞬間、広間は静寂に包まれた。
凛としたたたずまいは桔梗のごとく、溢れる気品は梅花の香りのごとく、柔らかな身体の影は芙蓉のごとく。
彼女は国中の美しいと言う言葉を全て並べても、彼女の体を表す言葉が見つからなかったのである。
「王、彼女はやめましょう」
たった一人だけ、この静寂を破った者がいた。何度も何度も斬首の覚悟をもって王に諫言を続けた時の大臣である。
彼女は美しい。
しかし歴史は教えている。
美しい女と宦官ほど信用してはいけないものはないと。
彼女を妾として傍に置くのならば王に大量の執務を与え、後宮に入り浸る暇を与えずにいればやり過ごせるが、后となったら話は違う。妾と違い、后には公務をする義務があるのだから、こんな危険な女を王の傍に置いてはいけない。
しかしそれはたった一言の言葉を持って捨てられた。
「私をお斬りになりますか」
国一番の奏者に奏でさせたような、ぴんと高い琴のような声が響いた。
再び広間に静寂が広がった。この場にいた全ての者達は、この時胸の中に楔を打ち込んだ。
彼女はきっと国を滅ぼすだろう。
それほどに、彼女は美しかった。否の打ちどころがまるで見当たらなかったのだ。
その年、暦を作る者達は奇妙な者を見つけた。季節外れの梨の開花を見つけたのである。
それはこの国の繁栄と読むべきか、この国の滅亡と読むべきか、学者でこぞって調査を始めたが、誰もそれを読み解く事ができなかった。
戦の火種など、この世にはごろごろと転がっていたからである。
この国は一体どうなるのだろうか。学のある誰もがそう思っていたのだが。
国が滅ぶ事はなかった。
それどころか、国はどんどんと繁栄していったのである。
元々この国は染色と彫金により営まれる国である。布が売れ、服が売れ、装飾品が飛ぶように売れて行ったのである。
国はどんどん豊かになっていった。
町中から歌が溢れ、国民は王に感謝を捧げた。
その声を聞き、大臣達はほっと胸を撫で下ろした。
后は頭の回転の速い女であった。ただ美しいだけの誰かの操り人形ではなく、自分で自分の意見を言える人間だったのである。
そして、誰もが彼女を危険だと思っていた事を忘れてしまった──。
この世を二つに分けての大災害が始まる、ほんの数年前の出来事である。




