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無名の邑篇 十五

 私が言いきった後、しばらく重い沈黙があった。

 一応私の思った事を全部伝えたつもりだったけれど、でも子子ちゃんはとても怖がっていたみたいだから。

 空気読めてないのかもしれないな、そう思った時。ふいに沈黙が緩んだ。


「……すごいですね、その考えは」

「へ、子子ちゃん?」

「何だか想像がつかないんです、平和で誰も争ったり、誰かが誰かを傷付けたりしない世界って。……万里の長城は今でもあちこちの国からの人を受け入れたり、逆に襲撃を受けて防衛で戦闘を繰り返しています。

 ……だから、それが綺麗ごとなのかどうか、私にもよく分からないんです」

「……そっか」

「正直、卯月さんの住んでいた国が羨ましいです。戦わなくってもいい国ってどんなものなのか、すごく見てみたいです」


 子子ちゃんはまるで一言一言を噛みしめるようにそう言っていた。私はそれに相槌を打ちながら聞いていた。

 うちの国は幸いな事に大きな戦争ってものは今はない。でも世界にはあちこちで紛争があって、戦争だってあって。でも、それは全部テレビ越し、ネット越し、新聞越しの情報で、いまいちピンと来てなかった。

 そっか。羨ましい事だったのか。

 当たり前だって思っていた事がそこまで羨ましい事だなんて思ってもいなかった。

 ……帰りたいなあ。

 じんわりとその感情が湧いてくる。

 この世界が嫌いだからとか、そんなんじゃなくって。

 ただ、帰りたいって想いが、一層強くなっていくのが分かった。

 今の所帰るための宝貝も見つかってないんだけどね。

 そう思いながら、とろりとろりと再び迫ってくるまどろみに身を委ねた。

 今度こそ、何の夢も見ずに眠る事ができるだろう。


/*/


 ぴちゃん。


「……ん」


 鼻の上に落ちた朝露で、私はうっすらと目を覚ました。既に目の前に広がっていた星空は洗い流されたかのように消え失せ、今は空は淡いオレンジや青に包まれていた。

 身体を起こしてみると、子子ちゃんは身体を丸めて眠っていて、戌亥さんも大剣を地面に突き刺して柄の部分に手をかけながら目を閉じているようだった。

 また辰巳がいなくなっている。

 完全に立ち上がって、スカートの裾と仮尾の土をパンパンと払う。

 どんなに悲しくっても辛くっても気持ち悪くっても、朝はやってくる。

 まだ私の中で昨日の出来事を全部、上手く飲み込めた訳じゃなくって、胸の中のザラリとした感触だって全然消えてくれないけど。

 私は今、ここにいる。

 逃げられる訳じゃなくって、でも帰りたくって。


「ああん、もう。ほんっとう訳分かんない!!」


 私は今まで溜まっていた物を思いっきり吐き出した。


「ひとでなしとか何だとか分かんない! あれも駄目、これも駄目、この世界のルールとか全然知らない! けど!

 人がやられたら嫌な事をしちゃいけないって言うルールは普通に馬鹿な私でも分かる!!

 おかしいものをおかしいって言って、何がおかしいのか言ってみなさいよ!

 辰巳のばーかー!!」


 思いっきりがなり立てていたら、ぱこんと言ういい音が私の頭に響いた。


「いだっ!?」

「……朝からうるさい、卯月。静かにできないのか」

「なーによー。辰巳こそまたどこ行ってたのよ」

「鍛錬。別に遊んでた訳じゃない」

「ふーん……」


 私が頭を抑えながら思わずぶすっと頬を膨らませていたら、辰巳はしばし私を見た後、溜息をついた。


「何よー、文句あるの?」

「吹っ切れたのか。昨日散々文句あるみたいだったのに」

「それを辰巳が言いますか、アンタこそ随分文句たらったらだったみたいだけどー?」

「……うるさい」

「ふんっだ」


 私はべーと舌を出してから空を見上げる。相変わらず朝焼けは綺麗だ。

 こんな綺麗な物を見ていると、昨日の事が嘘のように思えるけど、でも嘘じゃない。

 胸の中のしこりは、まだ消えてはいない。


「全部納得した訳じゃないよ。でも納得する必要もないって思っただけ」

「そうか」

「そういうアンタはどうなの?」

「……俺だって別に全部納得した訳じゃない。ただお前の国と俺の過ごしてきた国ってのが随分違うって思っただけだ」

「私別に私の国の事話した覚えないけど」

「お前の言動を見てたら分かる。思考は全部生まれと育ちからできて、それが急には変わらないはずだ」

「そういうもんか」


 笑え。

 口角にきゅっと力を入れた。

 全部なんて納得してやらない。でも、この間違ってる世界から必ず私は帰るの。

 元の世界に。

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