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無名の邑篇 十四

「……ん」


 パチリと目を開いた瞬間、プスプスと木の焦げる匂いがした。匂いの先には、既に黒く炭と化した薪があって、火は既に匂いだけ残して消えていた。少しだけ身じろぎして空を見上げる。空には満天の星空。そう言えば、林間学校でもこんなに大量の星は見た事がない気がする。この世界には機械がないから、そこまで空気が汚れてないのかもしれないなあ。

 私が少しだけ身じろぎすると、膝を抱えた子子ちゃんと目が合った。あれ、まだこれだけ星が出てるって事は、まだ夜は明けてない……よね?

 この世界だと携帯を試しに見ても正確な時間が分からない。もしかするとこの世界と私の世界だと、一日の時間が違うんじゃないかしら、と何となく思う。一日一日で起きている時の疲れ方が全然違うのは、この世界には筋斗雲以外に便利な乗り物がないからとか、ストレスとか、それだけじゃないと思う。


「ん……子子ちゃん?」

「卯月さん……! おはようございます」

「……寝てなくって大丈夫なの?」

「今は戌亥様も辰巳さんも、見回りに行っていますから、ここは私が見張りです」

「そっか……でも、子子ちゃんは寝なくって大丈夫なの?」

「私が住んでいる万里の長城では、皆で交替交替で見張りをするって言う役割がありますから」

「へえ……」


 そう言えば。

 万里の長城は、今いる南都国とも区切られてしまっている北都国とも違う中立地帯、なんだっけ。申さん達を受け入れるって言う風に言っていたのは万里の長城だって耳に入れてたけど。


「ねえ、子子ちゃん」

「はい」

「……私がやった事って、間違ってたのかな?」


 多分。

 辰巳は何も言ってくれなくって、戌亥さんはぼかしてしか意見を言ってくれない。

 なら、戌亥さんを追いかけてここまでやってきた子子ちゃんはどうなんだろう。

 私のぼそりと言った言葉に子子ちゃんは大きく目を見開く。その後、徐々にまつ毛を落として考え込み始めた。


「……卯月さんがいた世界では、間違ってない事かもしれません。戌亥様も辰巳さんもきっと、間違ってないと答えると思います」


 そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 辰巳が情緒不安定になったのは、あの村の人達が辰巳と同じ人種だったから。だから生贄を容認する事も、助けるって言う事にも、きっと抵抗があった。

 戌亥さんは元々誰に対してもその人そのままで見るから、自分の好き嫌いで人を判断して、人種で人を判断する事はない。

 じゃあ。

 どちらでもない子子ちゃんは?

 私がじっと見ているのを分かってか分からずか、子子ちゃんは尚も目を伏せながら答える。


「……でも、私はそれを正しい事とは思えません。今は戦争が落ち着いている時期ですが、私が赤ん坊だった時は、もっとあちこちで紛争がありました。

 ……それを回避するために、人質を渡して回避するって言うのも、一つの手段だと、思います」

「……子子ちゃんは、その紛争を知ってるの?」

「私の邑は貧しくて。小国に取り込まれる際、税金として徴兵制度を強いられました。男の人が全然いなくなって、女子供と年寄りだけで何とか生活しないと、生活ができませんでした。

 ……そんな私達の貧しい邑を、ひとでなしの盗賊に襲撃されました」

「……!」


 ひとでなし。尻尾の生えてない人。

 その言葉が子子ちゃんの口から出てくると思わず、胸にザラリとした感覚が襲う。

 それに、さっきから子子ちゃんの口から聞く話。

 どうして、どうして。

 言いたい言葉が胸につっかえて、出て来てくれなかった。


「作物もお金も、綺麗な女の人も皆連れて行かれました。戦争中だから、どこの邑でもよくある話だから、自分の命があるだけまだましだ……。どれだけ言葉を並べても、貧しくっても楽しかったあの頃は、戻ってこないんです。

 それは……私がそう言う風に生きてきたから、そう思うんであって、きっと人によって違います。

 卯月さんは……どうして、自分のやった事を間違いだって思うんですか?」

「……私は」


 まさか私に質問を返してくるなんて思わず、思わず言葉に詰まる。

 でも……。

 あの邑の人達の話は、本当に胸に詰まった。何が正しかったんだろうって、ずっと。生きていたいってだけなのに、それを駄目って否定されるなんて。


「……私の世界だったら、生きたいって人を否定する理由はないんだよ」

「え?」


 子子ちゃんがぱちりと瞬きをするのを見ながら、私は何とか言葉を絞り出した。

 うん、私は──。


「そりゃね、この世界だったら綺麗ごとかもしれないし、私の周りは平和だったけど、他の場所では戦争だってあったけど。でもさ。

 助けてって申さんは言ってて、助ける力もあって、助けたいって思って。それで「駄目」って言う理由にはならないと思うの」

「そんな卯月さん……邑が一つ、なくなったんですよ?」

「でも、あの人達、人の事を人と思ってなかった。あの人達の事、人間扱いなんてしてなかった。それって、生きてるって事なの?」


 ひとでなし。

 何でこの言葉がずっとザラリとしていたのか、やっと分かった。

 人である事を否定する言葉を、好きになんてなれる訳がない。


「難しいかもしれない。怖いかもしれない。でも、あの邑の人達より、ボコボコになっても邑追い出されても、助けてって言った申さんの方が、ずっと正しいって思うから。だから……」


 邑が一つなくなった理由になんかならないかもしれない。でも、何か嫌だ。


「この世界、人が当たり前に生きられないって、そんなの絶対、変だよ」


 ザラリとしていた感覚は、まだ残っていた。

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