無名の邑篇 十三
薪が爆ぜる音を聞きながら、俺は剣の柄に手を掛けていた。既に走り回ったせいなのか、色々初耳の話が多かったせいなのか、卯月は逃げおおせた後泥のように眠ってしまっていた。その隣で子子が座っている。自然と俺を距離を取っているのは、俺が尾なしだからだろうと、何も言わないでおいた。
……緊張感のない奴。背中を丸めて寝る卯月をちらりと見てそう思うものの、あいつのいた国は一体どれだけ平和だったんだろうと考えた。あいつが当然のように思っている事はこちらでは当然の事ではない。……それこそ、俺が口にしたら「気が狂っている」と一蹴されてもおかしくないような事ばかり言っている。
「おい、辰巳」
戌亥は薪を音を立てて割った後、火に放り込んだ。火は一瞬だけ一回り大きくなった後、すぐに元の大きさに戻った。
俺は柄から手を離さないまま顔を上げた。
戌亥は珍しく険しい表情を浮かべている。
「……どうして今回、こんな事をやった?」
「どの道、南都国からあの邑を解放するにはそれしかないと思ったからだ」
「そりゃ分かるさ。あれだけ脅しておけば血相変えて邑で夜逃げせざるを得ないだろうさ。俺が言ってるのはそれじゃない。卯月に対してだ」
「あいつが何も知らずにしゃべっている事か?」
「……分かってるのか? あいつはこの国じゃいちゃいけない主義者だ」
「お前とあまり変わらないと思うが」
「元々俺はこの国の人間じゃないからまだいいが……あいつは、元の国に帰れないままなのに迂闊過ぎる」
「……お前からそんな言葉聞くとは思わなかった」
「茶化すな」
珍しい戌亥の責めるような口調に、俺は自然と笑いが漏れてきた。そんな事分かっちゃいる。
戌亥はなおも険しい顔を崩さず、それを見て子子はますますもって肩を縮こまらせて恐々とこちらの様子を伺った。
「お前さん、あの邑が全員ひとでなしだって分かっていたんだろう? 南都国に飼われている事も」
「……分かってる。でも俺達がこの境遇から助けると言っても、あれだけ飼い慣らされた奴らがそれに従うのを嫌がるはずだ。
……だから生贄なんて言い訳して……」
唇を噛んだ。自然と噛みしめられ、口から血が流れる。それを戌亥は黙ったまま見ていた。
「……あいつは馬鹿だ。思っている事をぽんぽんと簡単に言って。でも」
未だに眠りこけている卯月を見て思った。
「……俺が考えている事は間違ってないって確信した。……この国はおかしい」
火はまたもぱちりと音を立てて爆ぜた。戌亥はこれ以上言う言葉がなかったらしく、何も言う事はなかった。
子子は膝を抱えて、ただ黙り込んでいた。
俺は剣の柄に指先を抑えながら、ただ黙っていた。
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空調が快適で、教室に戻ってきた途端廊下で吹き出た汗がどうにか拭われたような解放感を持った。
私がいつものようにゆっこの所に行ってみると、ゆっこは黄ばんだ分厚い本を読んでいた。
「今日は何読んでるの?」
「これ」
タイトルが全然読めない所から、私はこれが夢なんだと思う。私がまだあっちにいた時の。
ゆっこが淡々と語るのは、これが差別問題について書かれた自伝だと言う事。どこかの国の話だけど、階級って言うものがぱっくりと区切られていて、それより上になる事はありえなく、それより下になる事もまたありえない。
「……日本だったら考えられない話なんだけどね、でも世界中にはそんな国もあるって話だよ」
「ふうん」
あの時には全然分からなかった。ゆっこが読んでて何を感じていたのか。
ただあの時の私は、「分厚い本だなあ」とか「難しい話だなあ」とか、そんな事しか考えていなかったような気がする。
……本当、頭が悪い話だけれど。




