無名の邑篇 十一
星明かりの頼りない中、それでも私達はやり合っていた。明かりなんてない中、剣と槍のぶつかる剣戟だけが頼りだ。
やり合うなんて言っても私は武器なんか使えないから、防犯スプレーを近付いてきた人達に問答無用でかける事しかできない。
私が防犯スプレーで応戦している間に、辰巳は剣で槍の人達とやり合っていた。
リーチはあっちの方が長いけど、辰巳はそれをしゃがんで避けて、懐に入って薙ぐ様は前に戌亥さんとやり合った時に見せたものだ。
「おい、そろそろ下がるぞ」
暗闇の中、そう響いた声は戌亥さんのものだった。その声と同時にぐいっと私の腕を掴む手があり、ぎょっとしてスプレーを向けようとしたけれど、それはよく見たら辰巳の腕だった。
「……こんな劇物顔にかけるな」
「ごめーん」
「さっさと行くぞ」
「うん」
そう言って腕を引かれて辰巳と逃げようとした際。足をぐいっと誰かに抑えられた。
「ひゃっ……!」
よく見たら、足元には楽団の格好をした人が転がっていて、私の太股を逃がすもんかと抱きついていたのだ。思わず防犯スプレーを振りかけるけれど、涙目になっても抱きついた腕の力が弱まる事はない。
「ちょっと……離して!」
「お願いだ、彼女を返してくれ……」
「そんなの……できる訳ないじゃない」
「あの子さえ差し出したら、村は助かるんだ!」
「女の子一人だけ差し出して助かろうなんて、それ卑怯じゃん!」
「卑怯でも……!」
それでも必死ですがりつく邑の人に、辰巳は黙って剣の柄で殴った。いい音がして、一瞬力が弱まった瞬間、私は慌てて足を抜き出した。
それでもなおその人は私を追いかけようと私の仮尾に抱きつく。それが衝撃でブチッと言う音を立てて外れてしまう。
「あ……!」
「あ……あなたも、か」
邑の人の声は、笑ってもいないし蔑みもなかった。ただ、諦めの色だけが濃厚に耳に残った。
辰巳は途端に私を掴む手に力を込める。
「ちょ……痛い!」
「……ひとでなしだったら、死んでも構わないのか? 犠牲にしても構わないのか?」
辰巳は吐き捨てるようにして、邑の人を殴りつけると、ようやくその人の手は緩んだ。
ああ……。辰巳、また怒ってる。
申さんと会った時から情緒不安定だったみたいだけど。私は訳が分からず辰巳と仮尾を掴んでいる邑の人を見比べた。
しかし、それは風を斬る槍の音で掻き消された。
まだ軍人さんは私達の事を諦めてはいなかったのだ。
「構わないに決まってるだろう? 家畜風情が何を偉そうに人に対して口を聞いてるんだ」
「な……!」
開いた口が塞がらなかった。
そう言えば、見世物小屋の方にもそんな事言う客がいた。散々尻尾のない子達にセクハラまがいな事をして、女の子達は逃げるのを諦めて。客はその子達の事も、庇う私の事も馬鹿にしていた。
でもそんな事を面と向かって言われた事は初めてだった。
「家畜……か。それじゃあ生贄と言うより」
「牧場で家畜を牧場の地主が採りに来ただけの話だ。そこに何が問題でも?」
「ちょっと、何よそれ」
何だか話がおかしい。生贄って言うと、てっきり儀式か何かにあの許嫁さんを使うつもりなのかと思っていたけど、何だかそれにしては物々しい言葉が連立している。
家畜だって、蔑称だと思ってたけど……それともまた、違うって言うの……? 私の腕を掴んでいた辰巳が黙って手を離すと、私の背中を押した。
「え、何……?」
「暗闇の中だけど、どっちに走ればいいのかは分かってるな?」
「ん……何度も打ち合わせしたから、一応は」
「さっさと行け」
辰巳のその声を聞いてザラリとした感触が胸に付きまとった。さっきから不安定さが連続していたような気がするけど、ますます辰巳のそれに拍車がかかってる気がする。
あの軍人さんが挑発したりするから……。
そう考えたら、放っておけなくなった。そりゃ私は戦えないし、武器だって使えないけど。でも……。
「ヤダ」
「はあ……?」
「今の辰巳放っておけない。理由全部聞くまで私もここに残る」
「お前……何もできない癖して足手まといなんだ。さっさといいから行け!」
「馬鹿じゃん。辰巳、そういうアンタだって自分で偉そうな口叩く程何もできてないじゃん!」
「……何だと?」
ほら怒った。
私は思わずファイティングポーズを取った。ヒュンヒュンと言う音がする方に牽制でスプレーを振ると、「ゲホゲホ」とむせる咳が聞こえた。
「言ったじゃん! アンタ訳分かんないし。何すねてんのかどうかなんて口にしないと分かるわけないし。何抱えてんのかちゃんと口にしないと、どうしようもないじゃん!」
「お前、今それどころじゃ……」
「それどころじゃないから言ってるの! 普段だったら辰巳ははぐらかすに決まってるし……!」
自分でも言ってる事は滅茶苦茶だと分かってるけど。でも辰巳が何でそこまで不安定なのか、溜めこんでるのかはいい加減理由が知りたかった。
辰巳は私を睨んでいるような気がしたが、それより先に声がかかった。
「家畜の戯言など、聞いてどうする」




