無名の邑篇 十
火がゆらゆらと揺らめいていた。
私は辰巳に引き摺られながら、茂みを超えるべく走っていたのだ。茂みから光源より少し離れた道へと出る。
ヒュンッとしなる音と、長い影が見える。
飛び出して見えた光景は、雲が飛び交い、その中鞭がしなると言う、風変わりな光景だった。
「何だ貴様は……!?」
「通りすがりの人さらいだよ」
「貴様……この旗がどこの旗か分かってこれをやっているのか!?」
「国家に反逆しないで誰が盗賊かね」
戌亥さんは軽口を叩きながらも大きく金鞭を振るって、軍人さん達をドミノ倒しで打ち崩していく。楽団の人達は逃げ回って、その中途方にくれたように立ち尽くす人が見えた。神輿は地面に投げ捨てられ、その上で困惑したように立ち尽くしているのは、頭に花飾りをつけ、まるで京劇の女優さんみたいにひらひらとした衣装を身に纏った女性だった。
何であんな綺麗な格好、結婚式じゃなくって生贄にする際に着せるんだろうと、私は自然と唇を噛みしめた。
その時。
子子ちゃんが松明を持っていた邑の人に何かを投げつけた。
「ゲホッゲホッゲホッ……」
「あっ、あの……すみません」
粉みたいなそれを被った人が、松明を取り落とし、子子ちゃんはそれを迷う事なく踏みつけた。
……なるほど、どうして戌亥さんが子子ちゃんを連れて行ったのか分かった気がする。あの子、見た目に反して結構強い。
辺りから光源がなくなり、自然と周りの喧騒が大きくなっていく。
「賊だ……!!」
誰かが叫ぶ。
と言うより、叫んでいるのは申さんじゃん!
その声で許嫁さんも気付いたらしい。彼女はその声の方向に走り始めた。って、私達手持無沙汰じゃない!?
「辰巳、これどうすんの!?」
「これで手筈通りだよ。後は、軍に追撃かけられない内に逃げれば、俺達の勝ちだ」
「ええっと……じゃあ足止めすればいいの?」
「そう言う事だ」
そう言いながら辰巳は、腰の剣を抜いた。ガツンッと言う音で、槍を捌いた。
げっ……私は思わず目を剥いた。
「貴様……!? 賊か……!!」
「だとしたらどうなんだ?」
「生贄を返せ!! あれがいなかったら困るんだよ!」
「うるさい……お前達の問題なんか、こっちは知ったこっちゃないんだよ」
そう言いながら辰巳は剣で槍の追撃を捌くと、懐に大きく入って薙いだ。鎧の上からだって言うのに、性格に入ったその一撃に、槍の人は仰け反る。
「ぐぅ……!?」
「……本当に、お前達の問題なんか、知らないんだ……」
辰巳……?
私は辰巳の言葉に違和感を持った。本当……今日の辰巳はいつにも増しておかしいんだ。申さんを助けたと思ったら断ったり、かと言ったら作戦立ててまで助けたり。
本当に、何でこんなに辰巳は情緒不安定なの……?
私はその胸の中のしこりみたいな違和感にザラリとした感触を覚えていたら、こちらにも槍が来た。
「ひぃぃ!?」
思わずしゃがむと、別の槍の人は暗闇でも分かるような大きな動きで私に向けた槍を止めた。
「何だ? この賊には女が……」
「い……い……」
「い?」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
私は思わずポケットの中から、防犯スプレーを取り出すと、それを槍の人目掛けて夢中でプッシュした。
「ぶっ!? 何だこれは」
「……卯月、お前」
「だってぇぇ、私剣持ってないし、武器とか使えないもん!!」
「いや、後でそれ見せてくれ。自力で霧が作れるなんて」
「ええ?」
もしかして……スプレーって言うか、霧吹きって言うか。この世界にはまだそういうのないのかしら? 多分ガスとか入ってないから、作ろうと思えば作れるんじゃないかな。
「いいよ」
そう言いながら、私はじわっと涙をこぼした。
防犯スプレーがとても目に染みた。




