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無名の邑篇 八

「あー、はいはい。痴話喧嘩はそこまで」


 パンパンと手を叩いてきたのは、戌亥さんだった。傍には相変わらず子子ちゃんが隠れるようにして一緒にいた。


「違う」「違います」

「同時にそう答えていてそう言うか。本当仲良いな、お前らも」

「何とでも言ってろ。で、どうだったんだ?」

「生贄の準備風景って言うもんの様子を見てきたが……ありゃ大丈夫か?」

「何が」


 辰巳がそう促すと、戌亥さんの後ろにいた子子ちゃんがおずおずと戌亥さんの言葉を引き継いだ。


「神輿の上に許嫁さんが。神輿を担ぐのは邑の人達ですが、邑の人達の護衛の人達は旗を立てていました」

「旗って?」

「……大国の旗です」

「へ……?」


 意味分からないと言う顔で私が辰巳を見ると、辰巳はまたも眉間に皺を寄せたまま、解説を始めた。


「邑は一番下。邑から順番に町、国、大国って単位で点在している。前にも言ったと思うが、大国で一番大きいのがこの南の区域だと南都国。万里の長城に区切られた反対側だと北都国だ」

「あー……そう言えばそんな事も言ってたような、言ってなかったような……。あれ? それぞれ独立している訳じゃないの?」

「邑は町、町は国に属している。全部を支配する権利はなくっても商人の取引などの管轄は上から順番にするようになってる」

「んー……」


 これは私の国の市町村と同じって考えればいいのかな? 市民税と所得税はそれぞれ違うみたいな感じ。市民税はそのまんま住んでる市に払って、所得税は国に払う、みたいな。

 でも……あれ?


「大国がわざわざ邑に出向いてるって事なの?」

「そういう事になる」

「それってあんまりない事なんだ?」

「……邑に出向くような理由がない限りはな」


 何だろう、これ。すっごいきな臭い……。要は私達が邪魔に入ったら……大国を敵に回すかもしれないんだ。

 私が言った事って言わばそう言う事で。でも……辰巳をちらりと見た。辰巳は確か、竜を呼んでこの世界を転覆させたかったと言っていた。だとしたら、辰巳が大国を敵に回すからって言う理由だけで申さんの頼みを断った訳じゃないと思う。

 ……知りたい、辰巳の事さっぱり分からないから、何考えてるのか。私はできる限りいつも通りの声を出して、笑って見せた。


「……でさ、どうやって許嫁さん取り返すの?」

「あの、卯月さん。するんですか? その……」

「そりゃさあ、大事になっちゃうと思う。大国を敵に回すなんて言うのはさ。でもさ……大国が相手だから、それだけが理由で、申さんが許嫁さん取り上げられる言われはないと思うから」


 そもそも、生贄って何をするものなのか聞いてないし。話せば分かる事もあるって考えるのは、そりゃお気楽が過ぎるかもしれないけど。

 でも何もしないで後悔に苛まれるよりはずっとマシな選択だと思うから。

 辰巳の顔を見たら、珍しく目線がしっかりとあった。

 何故か辰巳が本当に珍しく私を面白そうに眺めるのに、あれ、となる。


「じゃあ、少し暗くなるのを待つか。暗くなったら行動を開始するから」

「ええっと……何からすればいいの?」

「そうだな。卯月でもできる奴を」


 そう言いながら、夜から始まる打ち合わせが始まった。私は自分に与えられた役割を反芻しながらも、何か変だと思ってもやもやと考えて。

 あれ。と私はようやくもやもやの正体に気が付いた。

 最初に名前を呼ばれて以来、辰巳からは事あるごとに「アバズレ」なんて失礼極まりないあだ名で呼ばれ続けてたのに、初めてまともに名前を呼ばれた。

 嬉しいって言うよりも先に、「何で?」って疑問符の方が先に出た。

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