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無名の邑篇 七

 辰巳の言葉の重さに、私は思わず唇を噛む。それを今まで口を挟まず静観していた戌亥さんがようやく口を開く。


「おいおい、辰巳も卯月も。そこまでだ、そこまで」

「……戌亥」

「辰巳は申が婚約者だけ助けたいと言うのが都合がよすぎて許せない、卯月は申が気の毒だから助けてやりたい。そう言う事でいいな?」

「……」


 頭に血が昇っていたのが、戌亥さんに順序立てて言われる事で、少しだけ冷える。辰巳は眉間に皺を寄せたまま、戌亥さんを睨んだけれど、的を得た事を言われたせいなのか反論はしなかった。

 でも……辰巳の言う邑を潰さないといけないって言葉が、やっぱり引っかかっていた。


「あの……結局シンプル……簡単に言っちゃうと、許嫁さんを助けるって事だけじゃ駄目なの? その生贄って言うのだって、どうしてするのか分からないし」

「あの……助けて、くれるんですか?」


 申さんの声は震えていた。顔を上げると、辰巳の薬が即効性があったのか、あれだけ痛々しく見えた青痣が少しだけ引いたように見えた。

 私はちらりと辰巳と戌亥さんを見る。子子ちゃんは困った顔で戌亥さんの後ろからちらりと見えるけど、口は挟まない。辰巳はあからさまに嫌な顔をし、戌亥さんは私の続きを促すように頷いた。


「……やっぱり、助けたいです。死ぬ必要ない人は、死ななくってもいいと思うから……って、勝手に言っちゃったけど、いいかなあ?」

「本当に勝手だなあ」


 私がそう言いきってから振り返ると、戌亥さんは笑っていた。対して辰巳は相変わらずの仏頂面。子子ちゃんは戌亥さんの顔を見て、困ったように戌亥さんの裾を掴んでいるだけだった。


「あっ……ありがとうございます!!」


 申さんは再度額を地面に擦りつけるものだから、慌てて止めに入った。


/*/


 申さんに邑の場所と生贄を運ぶルートを聞くと、そのまま地図で調べ始める。

 辰巳は深い皺をつけたままも、淡々とルートを決めていく。


「……あのさ?」

「何だ?」


 辰巳の口調からは熱がない。普段私を怒鳴ったりする声色でもなければ、普段あれこれと考えているような声色でもない。とっても事務的な声に、無性に腹が立ったけれど、それを飲み込んだ。


「……やっぱり怒ってる? ほら、私適当な事ばっかり言ってるから」

「怒ってない」

「嘘つけぇ、辰巳さっきから眉間の皺に爪楊枝つっこめそうじゃん」

「何だそれ」


 少しだけ辰巳の眉がピクリと動いた。それに私はほっとして、さらに葉っぱをかけてみる。


「もう! 何か知らないけど、怒りたいなら怒ればいいじゃん! 何で溜めこんで怒らないのよ! 意味分かんないし」

「……あのな、何でわざわざ安い挑発するのか分からないんだが」

「だって……普段からさっぱり分かんないけど、辰巳の今回の言動が支離滅裂だから気になるじゃん。申さん助けたと思ったら突き放したりさ」

「……それは」

「何に対してそんなに怒ってるの? 私? 申さん? それとも……」

「お前に……」

「分かる訳ないじゃん! 何も言ってくれないのにどうして分かるのさ! アンタの事全然分かんないから聞いてるんじゃん!!」

「……」


 辰巳は虚を突かれた顔をした後、小刻みに震え始めた。

 えっ、ヤバ……。もしかして挑発し過ぎた? また怒鳴られるのかな……。そう思って思わず警戒していたら、辰巳は急に口から「プッ」と噴き出した。


「あははははははははははははははは!!」

「な……何よぉ、いきなり笑い出して! ほんっと辰巳マジで何考えてんのか分かんない!!」

「……いや、あまりにお前が何も考えてないから」

「何だソレぇ、私の事馬鹿って言いたいのか!」

「そうじゃない、それが俺に必要だって思ったから」


 ……もう、本当辰巳の変人。全部自分の中でケリつけて、全部自分で納得してやんの。本当意味分かんない。

 でも、ま。いつも通りになったのなら、それでいいか。

 今はそれでいいと言う事にしておいた。

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