無名の邑篇 四
「あの、それだったら戌亥様の事知ってらっしゃるんですよね!? どこにおられるんですか!?」
さっきまでもじもじしていたのが一転。
子子ちゃんは剣を抜いたままの辰巳に詰め寄るようにして、必死で戌亥さんの居場所を聞いてくる。
すごいなあ。
私は本気で他人事のように子子ちゃんを見ていた。実際他人事なんだけどさ。
恋は医大だ。あんなにもじもじしていた子の声を張り上げさせるんだから。
そして。人の気持ちの分かってるのか分かってないのかな辰巳は、心底嫌そうな顔で目を半眼にして詰め寄る子子ちゃんを見下ろしている。
「……その口の軽いのどうにかならないのか? そもそもかまをかけただけで知らないかもしれないのに」
「まあ……! ですけど、異界の女子を連れて、仙術を使う男子と一緒にいるとお聞きしました! 先程ずっとあなた様の修練を見ていましたけど、あの動きは人のものではありません。あなたは……仙人様なのでしょう?」
「……仙人じゃない、俺は道士だ」
辰巳は困惑したように溜息をついた。どうも辰巳も子子ちゃんみたいに恋する乙女ってタイプは苦手みたいだ。私は思わずにやにやと笑い出すと、辰巳は「笑うな」と苦りきった顔で私に毒づくけど、それを怖いとは思わなかった。
「……で、お前は戌亥の事知ってるのは分かったけど、肝心の戌亥はお前の事知ってるんだよな?」
「それは……」
「……でなきゃ会わせる訳にはいかない」
「ちょっと辰巳……何でそんな意地悪言うかな」
この石頭、と私が毒づきたくなるのを堪えながら辰巳を見ると、辰巳はようやく剣を鞘に納めて、私の腕を取って耳に口を寄せてくる。
くすぐった! と文句を言う前に辰巳の小声が耳元に飛び込んできた。
「嘘はついてないみたいだが、利用されているのかもしれないから、素直に戌亥の知り合いだからと連れて行く訳にはいかない」
「何よソレ。どう見たって知り合いでしょう?」
「……阿婆擦れは分かってない。さっきこのちびも言っただろ? 戦争自体は終わってても、今でも小国同士、邑同士で紛争は続いてる。平気で何も知らない民を利用する方法はいくらでもある」
「そんな……」
「お前だって見ただろ。迂闊に宝貝をもらって余計な術まで刻まれていたのを」
「……っ」
この間死んだ亥の事を思い出し、私は思わず口を結ぶ。……確かにそうだけどさ。でもさ……。
ちらりと子子ちゃんを見ると、足がぼろぼろになってる。私達は甲さんがあれこれと用意してくれたもののおかげで、旅してても足を駄目にするような事にはなってない。でも……あの子はそんな便利アイテム持ってないで旅してたのに。
「あのさ……」
「おーい、お前達随分遅いな?」
「あ」「あ」
「ん……?」
揉めている間に、私達がいつまで経っても戻ってこないのに痺れを切らしたのか、戌亥さんがやってきた。
辰巳は思わず半眼になると、子子ちゃんは飛び出して戌亥さんの前に立ち塞がった。戌亥さんはきょとんとした顔で子子ちゃんを見ている。
「いっ、戌亥様……!?」
「んー? 子子?」
「あっ……! よかった……私の名前を覚えて……」
「覚えても何も、俺は長城に住む連中の顔と名前は忘れないぞ?」
「よっ、よかったあ……!」
「あー……何だ? 誰かに言われて俺を迎えに来たとか、そんなんか?」
「違います……ただ、心配で心配で……それで探しに来ただけ……なんです……ご無事でよかった……」
そのまま子子ちゃんはペタリと地面に座り込んで、わーわーと泣きだしてしまった。それを戌亥さんはしゃがみ込んで、頭をぽふぽふと撫でる。
「何だ? 俺の事より、お前の方が心配になるだろ。こんなとこまでわざわざ……」
「だって……あちこちで紛争があるから……」
戌亥さんが子子ちゃんを撫でてるのを見ながら、私はにやっと笑って辰巳を見た。
「どう? まだ子子ちゃんが誰かに利用されてるように見える?」
「……今の所は、何もなさそうだな」
「どうしてそんなに人を信じないかな」
「うるさい」
辰巳が苦りきった顔ばっかりするのに、私は背中をバシバシと叩いていた。




