無名の邑篇 三
「それだと説明になってないな。盗み見してたんだから」
「ごっ、ごめんなさい……」
女の子の声はか細く、辰巳の責めるみたいな口調でどんどんと声が尻すぼみになっていく。
見兼ねて私は辰巳の脛を蹴り飛ばした。辰巳は顔をしかめて、私を睨む。
「いった……何すんだ阿婆擦れ」
「うっさいわ。大体アンタも何様よ、そんなえっらそうな事言われたら誰だって出て来れなくなるわよ。あのさ、あなたも悪気はなかったんでしょう? 大丈夫大丈夫、このえらっそうなのは蹴っ飛ばしておいたから」
「あっあの……その。ごっ、ごめんな……さ」
「いいよいいよ。悪気ないんだからさ」
私がパタパタと手招きをして、ようやく茂みがガサガサと音を立てると、こちら側に女の子が顔を出した。
小柄でおずおずとした女の子は、桜色のカンフー服みたいなガボガボした服を着て、三尾の尻尾をふりふりしていた。灰色の髪と同じ色の尻尾で、翡翠色の目で遠慮しがちな顔でもじもじとしている。しかし随分小さい子だな。こんな小さい子がこんな所まで一人で旅してたなんて。一応17の私でも相当きっついし、正直辰巳と戌亥さんと一緒じゃなくって元の世界に帰るためじゃなかったら家で寝ときたい位なのに。この子、私の世界だったらまだ小学生くらいよねえ。
私が思わず屈んでまじまじと見ていると、女の子はもじもじと人差し指と人差し指を突き合わせる。
「すっ、すみません……」
「あーあー、私の方こそごめん。こいつも色々と口うるさくってね。でもあなたみたいな小さい子が、どうして人を探して……?」
「あっあの……」
女の子はもじもじと指をいじりながら、頬を赤らめる。何だかこんな子を学校に行ってる時も見た事があるようなないようなな気がするなあ。
私の感想をよそに、辰巳はイライラと眉間に深く皺を刻む。と言うよりもう眉間に皺がしっかりとついててもおかしくないのに、普段は皺がないと言う。形状記憶合金か。
「……まどろっこしいな。お前は一体誰で、どこの誰を探してるんだ。そして盗み見してた理由。以上三つを上げたらどこにでも行って構わないから、さっさと言え」
「ぅぅ……」
辰巳が剣を抜いたままで、相変わらず女の子はプルプルと震える。その様は本当に小動物のようなのに、どうして辰巳もここまで手加減を知らないのかね。私は思わずまたも脛を蹴り飛ばす。でも今度は辰巳は当てさせてくれず、最小限の動きで避けてしまった。
女の子はそれを見ながら、裾を掴みながら口を開く。
「わっ、私は……子子と言います」
「ねね……ちゃん?」
「はい……私はずっと万里の長城に住んでたんですけど、最近は紛争でどんどんと治安が悪くなって……ずっと万里の長城に住んでる人達を守ってくれてた人達がいるんですけど……その人が長城を守るために新しい宝貝取って来るって言ったきり……戻って来なくなって……一緒にいる人達は戻って来たんですけど……その……その人が戻って来なかったんです」
ん……?
私はその話を聞いて首を傾げた。
そう言えば、万里の長城の話は前に戌亥さんが説明してくれてたような。
私が首を傾げつつ、ちらりと辰巳の横顔を見ると、辰巳はまだ警戒を解かずに剣を鞘に納めずに子子ちゃんを眺めていた。子子ちゃんはまだ脅えたように肩を震わせながら続けている。
「最近はひとでなしの襲撃も増えていますし……狩りも増えてますし、とても……危ないです……長城は私達が守りますから……早く帰って来て欲しくって……だから、こうして探していました。
南都にいるとは聞き込みの末に分かりましたけど……それから先は……」
「……おい、ちび。その時に聞いたんじゃないのか? 異界の娘を連れてるとか」
「あ……」
辰巳は剣を抜いたまま、子子ちゃんをじっと見る。子子ちゃんは脅えたようにおずおずと辰巳を見上げた後、答えるのを迷ったように肩を震わせる。
私は思わず辰巳と子子ちゃんの間に割り込む。
「あのさ、子子ちゃんの言ってる人ってもしかして……」
「……万里の長城とこの山の下層位だ、盗賊が縄張りにできる場所は。今は大国の規制が厳しくって、賊が表立って歩くのは難しいだろ。軍が動いたら即潰されるからな。
そいつは、「蓬莱の枝」の……?」
「はい……! 戌亥様です……!」
何と。
私は子子ちゃんの潤んだ瞳を見て、思わず目をぱちぱちとさせてしまった。
戌亥さん、ロリコンのレッテル貼られそう。この世界の年の差恋愛ってどこまでオッケーなんだろう。私は思いっきり他人事のようにそう考えた。




