無名の邑篇 一
「今日は一体何を読んでるの?」
休み時間、まったりと次の授業の準備を終えた私は、ゆっこの席に寄って行く。
ゆっこはその日も絵本を読んでいた。文を読むのも書くのも好きなゆっこは、毎日毎日違う本を読んでいる。その日読んでいたのは綺麗な装丁の分厚い本。ちらりと見えるのは挿絵にこれまたびっしりと綺麗なイラストが描かれている上等な童話だった。絵本や童話は時々本屋さんで眺めて値段を見て、びっくりする位高くって驚く。だってこれ一冊買ったら小説の文庫本二冊は買えるもの。
ゆっこはパタンと閉じて絵本のタイトルを見せてくれた。
「オスカー・ワイルド童話集……?」
「うん、そう」
「聞いた事ないなあ……」
そもそも絵本って言うとアンデルセン童話とかグリム童話位しか咄嗟に出てこない。
「「幸福な王子」とかって知らない?」
「ええっと……確か貧しい人のために自分についてるもの全部ばらばらにしてあげちゃう王子様の銅像の話だったっけ? そして自分もツバメも死んじゃうって言う……何か悲しい話だったなあ」
小学校の時に読んだ事を思い出して首を捻ると、ゆっこは目を細めて笑う。そしてパラパラめくって指を差してくれた。
そこに書かれていた話のタイトルは「ナイチンゲールとバラ」。
「正直、私は「幸福な王子」は報われてると思うんだよね。王子様もツバメも。死んじゃってもちゃんとありがとうって言ってもらえたから。私は「ナイチンゲールとバラ」の話の方が残酷だって思った」
「ええっと……どんな話だったっけ。それ」
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ぴちゃっと水が鼻の上に落ちて、思わず鳥肌を立てて目を大きく見開く。
被っているのは私の鞄の中に突っ込んでいた膝掛けで、それだと全身を覆うには丈が足りず、朝露で冷え切った身体を温めるには心もとなかった。
獣避けと身体を温めるためにつけていた火も、すっかり消えてしまい、火をくべていた場所には燃えカスだけが残っている。
辺りを見回すと、辰巳がいない。戌亥さんは木にもたれている。
「あの、戌亥さん……?」
「ん……よう、おはよう。ちゃんと眠れたか?」
「一応は」
「お前の国だと野宿しないんだって? 嘘ならちゃんと言っておけよ」
「嘘じゃないです。これでも寝つきはいい方なんで」
むしろ戌亥さんの方が心配。だってこの人、今だって木にもたれて目を瞑ってるだけで、ちゃんと一晩眠れたのか怪しいもの。そして私はきょろきょろと辺りを見回す。
今は宝貝探しのために、山を下っている所。
山一つが一つの世界って言うのは未だにピンと来ないんだけど、歩けば歩く程人も少なくなれば生えている植物も高山植物みたいなしょぼいものからもっと葉っぱも茎もピンとしたものに変わっていくから、信じる他ないのかもって思ってしまう。
今日野宿していたのは森を突っ切った先の草原。森に生えてるきのこの選別は全部辰巳がやってくれた。何でも仙薬作ったりするために植物の事は全部頭に叩き込んでおかないといけない。そう言えば、甲さんもそんな事やってたなとぼんやりと思う。
で、その辰巳の姿が見えない。
「戌亥さん、辰巳は?」
「ああ、あいつも一応道士だからなあ。今は修練の時間だからって何かやってるよ」
「あの、何かって言うのは?」
「うーん、俺にはあれが何をやりたいのかよく分からんからなあ」
まあ道士じゃないと分からないんじゃないか? 戌亥さんはそう言ってからからと笑った。んー……せめてもう起きたって言いに行った方がいいのかな?
「ありがとう、じゃあ辰巳の居場所教えて?」
「放っておいても帰って来るだろ」
「また辰巳にどやされるの嫌だもん。自分で起きた事言ってくるよ」
「そうか」
こうして、私は戌亥さんに辰巳の居場所を教えてもらって、探しに行く事にした。




