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仙人郷篇 二

 ……。

 …………。

 ……………………。

 …………………………………………?

 臭い。

 何と言うか、獣臭い。焦げたイノシシの匂いがする。いや、焦げたイノシシの臭いなんて嗅いだ事ないけど。例えばだよ、例えば。

 私はいきなり照明をがっと当てられたせいで、目がちかちかして何も見えない目をこすりつつも、鼻についた臭いに思わず鼻を押さえた。何だろう、さっきまでショッピング街をうろうろしてたはずなのに、下はつるつると補整された道じゃなくって、キャンプの時登った山みたいにぼこぼこしてるし。靴越しに感じる地面の感触に私は首を傾げた。

 あっ、暗かった視界がだんだん元に戻ってきた。

 ようやく視力が戻ってきた私は辺りを見回そうとしたら。

 ベチョリ。

 変な音を立てて、頭に何かが落ちたのに気が付いた。


「へっ?」


 その落ちた何かが、かさかさと動き、私の首裏を這う。

 寒イボが立った。

 私は頭に落ちたものを、恐る恐る触ってみた……。

 それは……見た事もない位大きい……。


「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 私はそれを思いっきり地面に叩き落として叫んだ。

 何コレ! 何でこんなおっきい蜘蛛がいるのよ!?

 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い! 何コレ! ひどい! ひどい!


「ああん、もう。お前ちょっと黙れ!」


 私の叫び声は、その一喝でひとまず引っ込んだ。

 誰? 私は声の方に振り返った。

 よく見たら、ここは洞窟の中みたい。さっきまで明るい真昼間のショッピング街だったのに、ちょっと薄暗いのだ。さっきから臭いと思ったら、脂に火を付けて燃やしてたんだ。変なの。

 何よりも1番変なのは、今私の目の前にいる男の子だ。

 髪は真っ黒で、浅葱色って言えばいいのかな? 昔お父さんがテレビで見てたのを横目で見てた、カンフー映画に出てきそうなカンフー服を着ている。腰には剣を差していて、私を見てぎょっとした顔をしている。いや、驚いているのは私だってば。

 そして……。

 私は1つの物を凝視した。

 その男の子の後ろにブランと垂れ下がっているもの。ふかふかした、灰色をした……。

 尻尾。

 何コレ!


「ふかふかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ♪」


 私はがばっとその男の子を横切り、尻尾を触った。

 気持ちいい~、ふかふかしてて、ぜんっぜんチクチクしない。本当の毛皮だぁぁぁ、すごーい。

 でもアンバランスだなあ。何でカンフー服で尻尾なんか付けてるんだろう?


「……めろ」

「えっ?」


 振り返ると、その男の子は顔を真っ赤にして、青筋を浮き上がらせると言う高度な事をやってのけていた。


「やめろって言ってるのが分かんねえのか、この阿婆擦れ!!」

「アバズレ~? 何で尻尾触っただけでアバズレなのよ!」

「つうかお前誰だよ! 何でこっから出てきたんだよ!」

「つうかそんなのこっちが聞きたいわよ! つうかここはどこ!?」


 言ってて気が付いた。

 そうだ。本当にここはどこだろう。光がぴかぴかしてて、身体が浮いたと思ったら、気付いたらここにいたんだもの。それに尻尾をつけた男の子だもんなあ……。

 私はようやく、焦り始めた。

 男の子はこめかみに手を当て始めた。


「……ええっと。お前。名前は?」

「名前? 夢見卯月」

「……!? ちょっと待て。お前、名字あるのか?」

「? あるよ?」


 何でこの子こんなに驚いてるんだろう。名字あるのは普通……だよね?

 私が訳分からないまま、薄暗い洞窟の外を見る。出口らしい穴から見える空の雲が、すごいスピードで流れていくのに気が付いた。


「あれ?」

「あっ、ちょっと待てって、まだ聞きたい事が……」


 私は男の子を無視して、てってけ出口に向かった。

 出口から足を出そうとした瞬間、すごい唸り声を上げて流れる風に、思わず私は右手で髪を、左手でスカートを押さえた。


「何コレ……」


 当たり前な言葉しか出なかった。

 私はそれ以外の言葉を忘れて、目の前の光景を、ポカンと見ていた。

 出口から見た世界は、目の前に雲海が広がっていた。

 出口を見てみたら、人1人通れるか通れないか、太ってる人だったら間違いなくアウトな足場以外は、断崖絶壁。下は、見下ろしてみても雲以外何も見えない。

 まるで……まるで……。

 仙人の修業郷じゃないの……。

 かろうじて昔見たカンフー映画を思い出して、私はブルリと身体を震わせた。

 さっきまでは真冬の空だったから寒いのは当たり前だったけど、ここの寒さは、私の今まで感じた寒さとは明らかに異質だった。山の上だからって感じの寒さじゃん、これは……。


「何コレ……マジでここ、どこ……?」


 私の足は、途端に力が抜けた。そのままヘニャヘニャと座り込んでしまった。

 と、私の上に影が落ちる。見上げたら、さっきの男の子が私を見下ろしていた。……変な顔。すっごく変な顔をしている。


「あー、お前」

「さっき名前名乗ったじゃん。卯月だよ。卯月」

「じゃあ卯月。すまん」

「えっ? 何でアンタが謝るの?」


 私はきょとんと首を傾げて男の子を見上げた。

 何でそんな謝るのさ。私謝られるような事されてないし。男の子は変な顔のまま続ける。


「……お前、本当に帰り方とか分からないんだな?」

「当たり前じゃん」

「……すまん。俺がお前を呼び出した」

「…………」


 正直、私は何を言われているのかさっぱり分からなかった。

 呼び出したって、アンタ。そんな出前みたいな感覚で私を呼び出したの?

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