胡蝶篇 十三
「あはははははははははははは!!!!」
亥は狂ったように笑いながら、粘ついた糸をあちこちに飛ばしていた。中庭はもはやあちこちに糸が張り巡らされて、この場全土が蜘蛛の巣のようだ。
「すげぇな、育毛剤は! 力がどんどん漲ってくる……!」
狂ったように笑いながら、指先から糸を撒き散らす亥を、俺はじっと見ながら、足を取られないように避けていた。
隣で卯月は顔を青ざめている。
「……大丈夫か?」
「大丈夫か大丈夫じゃないかっつうと、大丈夫じゃない。生理的に気持ち悪い!」
「せいりてき……?」
「もうほんっとうに気持ち悪い! 蜘蛛の巣いっぱいで何コレ……私達捕食される蝶かっつうの!」
「全くだ……」
その時、また蜘蛛の糸が伸びて来て、俺の腕を絡め取った。
「ちっ……!」
剣で斬るよりも早く、腕を取られ、吊るされる。腕をぶらんと垂らされるのを、されるがままになる。
「何だぁ、抵抗もしねえ腰抜けか」
亥がけたけたと耳障りな笑いを浮かべるが、俺は無視する。隣にいた卯月は「ギヤァァァァァ!」と叫んではいるみたいだが、何とか逃げ切れたらしいから、それでいい事にしておく。
亥は蜘蛛の糸の上をさも自分が張ったと誇張せんばかりに歩いて回って見せていた。俺はいらりと血が逆流してくるのを堪えながら、亥を睨む。
「勘違いするな、お前の挑発になんか乗らない」
蜘蛛の巣は獲物を捕獲し、抵抗すればするほどに粘着して身動きを取れなくする。対策が分かるまで腕一本動けないままの方がちょうどいいだろう。
俺は吊り上げられながら、じっと亥の指を見る。やっぱりそこに仕掛けはない。袖の中に仕込んでいるのも考えたが、何の特典もないはずだ。能力を隠してもいないのに宝貝を隠しても意味がない。だとしたら……その宝貝は……身体の中に仕込まれているのか?
俺はそう考えている中、卯月が亥を指差して叫んでいた。
「つうか、何でアンタそんなにずるいのよ!? 何でアンタそんな動き回れるのよずるくない、それ!?」
「はぁん、俺が俺の宝貝使ってどうしようと勝手だろうが」
「何ソレ!」
あいつ……何喧嘩売ってるんだ。
ん……?
俺は腕を吊られたまま、卯月に向かって叫んだ。
「ちょっと待て。おい阿婆擦れ、今言った事もう一度言ってみろ」
「言ってみろって……何ソレ?」
「それより前」
「その人が動き回れる……?」
「それだ」
何で気付かなかった。
これが人間大の大きさになっているから気付かなかったが、これの原理は蜘蛛の巣と同じだ。
だと言う事は。
俺はちらりと戌亥を見た。
「おい戌亥」
「何だ?」
「俺が合図をする。合図した後、そっちの方に金鞭を打ってくれないか?」
「随分と上から目線だな、策はあるのか?」
「吊り上げられてるんだからそりゃ目線は下になるだろ、でやってくれるのか?」
「そりゃあまあ、俺もあの宝貝にはやられたしな……いいぞ」
「おいおいおいおい、俺の眼中でそんな話されて、俺が何もしないとでも、本気で思ってるのか、あぁん!?」
俺と戌亥の会話に、蜘蛛の糸がまたもこちらに飛んでくる。戌亥は避けて逃れたが、捕まっている俺は逃げる事もせず、そのまま再び粘着質な糸に絡め取られる。全身が粘つき、不愉快だが。
俺はそれでも亥の足元を見た。
……やっぱりか。
「宝貝なんか使わなくっても、俺は身動き取れないんだ。戌亥みたいに踏ん付けたりでもしたらいいんじゃないか?」
「何だ、てめぇはそういう趣味か」
「ないけどな、ただお前は見下す趣味みたいだから、その趣味に乗ってやろうと思っただけだ」
「……何考えてる?」
「いや、別に?」
避けた戌亥をちらりと見ながら、俺は口元を吊り上げた。
「強い強い亥様は、弱い女に手を出すわ、捕まった男をさらに踏みつけるわ、随分な趣味だなと思ったんでな」




