胡蝶篇 十一
「おい阿婆擦れ、何だいきなり」
俺が背後の卯月にそう言うと、卯月は少し頬を膨らませて背中を叩いた。別に痛くはないが癪だ。
「あれ! 蜘蛛の巣だらけじゃないの! 気っ持ち悪い……」
卯月が指差した先には、確かに透明な糸が張り巡らされていた。そしてその上に立っている亥。戌亥はその糸に腕と足を拘束されているのだ。
「おい、あんた何どじ踏んでるんだ?」
俺が戌亥にそう声を掛けると、戌亥は少しだけ顔を歪めて笑った。本人も屈辱を感じているみたいだ。
「参ったなあ……前の時はあんなの使わなかったんだがな」
「人間日々成長するんだよ」
「成長も何も、新しいおもちゃ手に入れてはしゃいでるだけ……」
戌亥の軽口は、亥に尻尾を足できつく踏まれて停止させられる。戌亥は珍しく苦痛を堪えるように唇を噛み、それに酉は目を大きくした。
亥は下卑た笑みを浮かべて、亥の尻尾を踏みにじる。
「七尾で誇ってる盗賊のお頭様もこんな所で無様にやられてちゃあ世話ないよなぁ?」
「何が言いたいんだ……?」
「いや? そこの嬢ちゃんと一緒にしてやろうかなと思っただけだ」
「……ひとでなしにするって、そう言う事か」
「え……?」
卯月は戸惑ったような声を出す。
俺は背後の卯月をかばった。
「ちょっと待って、辰巳。ひとでなしにするって……どゆ事?」
「……仙力の塊である尻尾を、切り落とすって言ってるんだよ」
「ねえ……そうなったら戌亥は……」
「宝具はもう使えなくなる」
「……!」
戌亥はただ、踏まれるがままに亥を睨んでいるが、亥はもったいぶったように尻尾を見る。
「元々属性が被り過ぎて気に入らなかったんだ、ちょうどいい機会だよ」
「俺とお前が被ってるなんて思った事ないけどなあ。俺の方が女にもてるし、そもそも成金趣味の下に堕ちる程落ちぶれちゃいないよ」
「そう軽口言ってられるのも今の内だぜぇ? 今の内に許しを乞うんだなあ。い・ぬ・い・く・ん?」
「ぐわぁ…………!!」
亥は戌亥の使っていた大剣で、力任せに戌亥の尾を一尾、突き刺したのだ。血が飛び散り、戌亥からは激痛を訴える悲鳴が聴こえる。
ちっ……助けるにしても、宝具の原理が分からない。そもそもどこから糸が出た? ずっと観察しているが、亥はただ張り巡らされた糸の上を歩くばかりで、対する戌亥は糸に絡み取られて、粘着質なそれのせいで身動きがまともに取れてはいない。
「……あの、さ」
ふと背後を見ると、卯月が唇を噛みながら、亥を睨んでいる事に気付いた。
「戌亥さん、助けられないの?」
「……今考えてる。あの宝具が何かは分からないが、今飛び込んだら、俺達もあの糸に絡み取られる」
「でも! ここまで戌亥さん着いて来てくれたじゃん! ……どうにか……」
「今それを考えてる。黙ってろ」
「……」
卯月は悔しそうに黙り込んだ中。
「……亥、いくら何でもやり過ぎじゃないか? 俺達の任務はあくまでこの場所の守護。捕虜虐待は目に余る」
「あぁん?」
清廉潔白な言葉が、酉から発せられた。
……お優しい事だ。俺は自然と皮肉が口から付いて出そうになるのを必死で堪えた。
言われた方の亥は、酉の言葉が気に入らなかったのか、こちらの方を眉間に皺を寄せて睨んでくる。
「どうしようが俺の勝手だろうが。どんなに綺麗事言ってても、俺もお前も同じ穴のむじななんだからよぉ……」
「だが……」
「うるせぇ、へっぴり腰が。いいさ、そこで大人しくその餓鬼どもと仲良しごっこしてろよ。俺は俺で楽しくやるからよぉ」
そう言って、大剣を戌亥の尾に突きつけると、一気にそれを振り降ろす――。
「イヤァァァァァァ!!」
卯月の悲鳴が上がる中。
閃光が放たれた。
「……そこまでだ、亥」
酉の手の中には、まだ五光石が残っていたのだ。




