胡蝶篇 十
「え、あの人が、宝貝を……?」
「……」
卯月はそう呟くが、俺は答えなかった。
一体どこに宝貝を隠してる……?
懐に太極図をつっこみつつも、亥とか言う男を俺はずっと睨み続けていた。戌亥は腰帯の上に巻き付けていたが、あの男の着衣には目立った形跡はない。隠し持っているにしては……懐にそれらしき膨らみはない。袖は洒落っけのつもりか半分ほどで破かれているから、袖に仕込むと言うのも不可能だ。
祭具用宝具がそんな小さなものな訳がない。一体どこに隠し持っているんだ……。
そうこうしている間に、戌亥が禁鞭を構え、ちらりとだけ俺達の方向を向いた。
「追っ手、来てるぞ」
それだけ短く言い残して、禁鞭を大きく振るった。
「ちっ……」
仕方なく俺は卯月の腕を取った。
「えっ、ちょっと何……!?」
「お前、今度こそ俺の後ろから離れるなよ!? また勝手にどこかに行ったら、今度こそ見捨てるからな……!!」
「……分かってるよ、ごめん」
「……分かってるならいい」
思いの外素直な言葉が飛び出た事に少し驚きつつ、俺は時分の後ろに引き寄せる。
戌亥が言った通り、すぐに追っ手が来た。
意外だったのは、それが一人だけだった事だ。
「酉さん……」
「……お前か、この阿婆擦れ連れていったのは」
現れた男は、亥とか言うのと比べると、どころかさっきから見える恰幅のいい男達と比べると、品があってとてもじゃないが妹をここの娼館で働かせているとは思えなかった。
「何で君がこんな所に……」
「だって、あのどスケベ、私の太股とか触ってくるんだもん! もうほんっとうに信じられない!!」
「……なるほど」
卯月は今戌亥とやり合っている奴に「ベー」とか言って舌を出しているのを見て、何で泣きながら逃げてきたのかがようやく分かった。そして卯月から祭具用宝貝の反応が出ていたのも。だとしたら、亥が持っている宝貝は、俺が思っているような固形物質ではないのかもしれない。
それと。
卯月がやたらと庇っているこの酉とか言う男は、少なくとも卯月に手を出すような輩じゃないと言う事は分かったが。
「薬」が必要……なあ……。
俺は頬が引きつりそうになるのをこらえて、腰の剣を引き抜いた。
「この馬鹿を無碍に扱わなかったのには礼を言うが、それとこれとは話が別だ」
さっき剣は拭いた。もう血糊はついていない。
卯月が「誰が馬鹿だ! 馬鹿って言った方が馬鹿なのよ!!」と言っているのは無視して、酉とか言う男に対峙する。
酉はやや迷ったような顔をした後、懐に手を延ばした。
あれか、卯月を動けなくした石。あれは恐らく宝貝だろう。武器用のものは知識があれば簡単に複製できるから、裏で出回っていてもおかしくはない。
「えっ、ちょっと……本当に辰巳、酉さんと戦うの?」
「……あいつは許してはおけない」
「ちょっと! 別に私……そりゃ石ぶつけられたのは痛かったけど……あの人に悪い事されてないのに……」
「……お前は下がってろ」
「……」
卯月は心底困ったような顔をして、俺と酉を見比べていたが、足手まといになるのは理解しているらしく、黙って後ろに下がった。
それでいい。
……薬を欲しがった時点で、こいつは俺の敵だ。
何の挨拶もなしに、俺はそのまま地面を蹴った。酉の懐が光る。あれか、卯月の動きを止めたのは。光を出して動きを止める宝貝……そんなのあったな。確か、五光石って言う名の。
光がたくさん空に散らばった。
なるほど。見世物小屋では光を出さなかったが、これが本来の使い方か。確かに、目潰しに使えるのはちょうどいい。
が。目をつぶったまま戦える場合はどうなる?
俺はそのまま黙って目を閉じた。
目を閉じると、目の替わりに肌が、仙力の流れを感じる。
奥で大きな仙力と仙力のぶつかり合いが分かる。あれが、戌亥と亥の戦いか。亥の宝貝を確認できないのは残念だが、それは戌亥に任せた方がよさそうだ。
そして手前。
仙力がこちらに降ってくるのが分かる。
俺は一歩二歩と後ろに下がった。これ位なら卯月は巻き込まないはずだ。仙力は地面に突き刺さった。
「くそっ……」
酉の声が漏れる。
でも再度仙力の塊を出すと言う事は、まだ懐に五光石が転がっていると言う事か。一体どれだけ懐に入れているんだ?
相手の手持ちは気になるものの、流れが読めれば、避ける事はたやすい。
次から次へと投擲されるものを、流れに身を任せて、ただ避ける。さっさと丸腰になれ。そうなった所で、とどめを刺してやるから。
が、仙力の塊を取り出すのは止めたようだ。そのまま地面を蹴る音が響く。
俺は黙って剣を前に構えた。
剣を横に構えると、がんっと言う衝撃を感じた。あっちもようやく腰の剣を使う気になったらしい。
「どうした? もう石投げは終わりか?」
「黙れ……」
「お前に守りたいものがあるように、こっちにも守りたいものがあるとどうして理解できない?」
「黙れ……」
酉は力任せに剣を振るった。
……俺もいつか戌亥と対峙した時、これだけ見苦しかったのか。本当に駄目だな、これだけ力任せに剣を振るっていたら、簡単に剣筋なんて読めてしまう。
俺は黙って受け止めつつ、いい加減受け身を続けるのにも嫌気が差して、反撃しようと地面を再度蹴ろうとした、その時だった。
「ギャアア――――――!!」
卯月の悲鳴が響いた。
って、何なんだ、こんな時に!?
「……何考えてるんだ、亥は」
酉の漏らした言葉と剣戟が緩んだ所で、ようやく俺は目を開いた。




