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胡蝶篇 九

 太極図を広げると、やはりくるくると回っていた。

 富豪しか住んでいない区画に、祭具用宝貝……。やっぱりあの阿婆擦れはあそこにいるのか。


「しかしまあ……随分と下品な場所だな、ここは」


 俺が太極図を懐に仕舞っている間、戌亥はこの辺りを見回していたが、肩をすくめてそう感想を漏らした。


「てっきりお前はこう言うのが好きなんだと思っていたが」

「勘違いするな、俺は金じゃなくって宝が欲しいんだ。それこそ宝貝のような、神秘をだ」

「……ふん」


 確かにこの辺りは、仙人郷で当たり前に感じていた神性さは薄らぎ、下品な雰囲気を醸し出している。ごてごてと見せびらかすように飾られた品々に統一感はなく、色もどことなく目に触る。

 館は確認できたが……問題はどうやって侵入するかだ。

 門は屈強な男達が二人一組で見張りをしており、庭を見てもそこにすら男達が歩き回っているみたいだ。

 あれを蹴散らすのは簡単だけれど、増援が来られると厄介だな。そもそもあいつを人質に取られるかもしれないし、それじゃあ何のために助けに来たのか分かったものじゃない。

 どうするか……。

 そう考えて唇を噛んだ時。

 館の中から怒鳴り声が聞こえる事に気が付いた。


「ひとでなしが逃げたぞ!」

「どこに行ったあの女は!?」


 そう言いながら男達がばたばたと走っている。

 ……この状態で誰が逃げたのかなんて、考えれば分かる。

 俺は頭痛を感じて、思わず額に手を当てる。


「あの馬鹿は……大人しく捕まっていてくれたら楽だったのに……」

「何でそんなに可愛げのない事を言うかね、お前さんも。卯月が逃げてくれたんなら、そのまま回収すればいいだけだろ」

「それはそうなんだけど……」


 と、いきなり正面の扉が蹴破られた。

 やたらと砂煙をあげて、扉は大きく開かれる。その煙がやけにひどい臭いがし、思わず鼻を抑える。……一体何があったんだ……?


「もーうーイーヤー!!」


 ……それは、聞き覚えのある馬鹿みたいに甲高い声だった。

 門番達は驚いて声の方に振り返る。

 ……これは、いいかもしれない。

 門番達が声の方に意識が傾いた瞬間、俺は剣の柄に手を当てた。戌亥も理解したのか、背中に担いだ大剣を鞘から抜き出す。

 そのまま、一気に走って一閃した。


「うっ……!」

「このまま眠ってろ」


 門番が気絶したのを確認してから、館の敷地へと走って行く。

 あの馬鹿は出口を必死で逃げたせいか見つけられず、中庭をうろうろしている。

 う……。


「卯月……!」


 ……俺が声をかけるより早く、戌亥が声をかけると、あいつはようやくこちらの方を見た。


「辰巳、戌亥さん……!」

「……」


 その目は何故か濡れていた。

 ……そうか、いくら馬鹿みたいな事ばかり言っていても、阿婆擦れでも……あいつは女だったんだ。

 頭を殴られたような感覚を覚えつつ、あいつの手を引っ張る。


「馬鹿、何さらわれてるんだ」

「仕方ないじゃない! あの人……酉さんって言ってた……あの人妹さんいるから、ここで働くしかなかったんだって。尻尾なくなる病気の特効薬買うのに、すんごくお金かかるって言ってた」

「……」


 こいつを担ぎ上げていた男の事が頭に浮かぶ。そして、こいつの起こした騒ぎに乗じて逃げる事もなく舞台で立ち尽くしていた女の事も。

 ……何なんだ、あの傍迷惑な兄妹は。

 被害者面か。

 俺は思わず唇を噛みしめると、冷たい指先が俺の眉間に触れた。手を伸ばしてきたのは、卯月だった。


「辰巳、どうしたの。またそんな眉間に皺寄せて。これ、跡残るんだよ?」

「うるさい」

「もう! 気になったから言っただけなのに!」

「うるさ……ん……?」


 懐に熱を覚えて、懐から太極図を取り出す。


「……どういう事だ、これは」

「え……何なに?」

「おい、お前。どこかで宝貝見たか!?」

「え? 宝貝なんて言っても……酉さんがぶつけてきた石位しか心当たりないよ」

「……あんな動き止めるだけの宝貝で、仙術なんて使えない」


 どういう事だ、これは。

 何故か太極図が浮かび上がり、館の方角と卯月の方角を高速回転して止まらないのだ。

 卯月は困ったように目を伏せるだけだ。


「畜生……折角遊んでやろうと思ったら、いい凶器持ってるじゃねえか、女」


 と、卯月が逃げてきた扉から、男が誰か一人出て来る。

 男は何故か目と鼻が赤くなっている。


「何だ……?」

「あ……」

「ああ」


 俺が訝しがっている間に、戌亥が何故か大剣を鞘に納めて、腰に手を当てる。

 出てきた男は戌亥を見た瞬間、にやにやとした笑みを浮かべた。


「何だ、てめぇの女だったのか、戌亥」

「何やってるんだお前さん。盗賊が金持ちに尻尾振るとは、落ちたもんだなあ、亥」


 珍しく戌亥が心底とげを混ぜた口調で、男を睨んだ。

 男はにやにやした顔のまま、得物も取らずに指だけをくりくりといじる。


「何だ、義賊を気取っているお前には言われたくねえよ。格好つけた所で、上手くねえんだよ。おまけに何だ? てめぇ、賊を追い出されたのか? こんな細っこい餓鬼以外に舎弟がいないなんて」

「あいにく、俺はお前と違って慕われててな。今は別行動だ。俺がこいつらに勝手についてきただけ」


 嫌味の応酬に、いつもの間を得ない口調で卯月は戌亥を見上げた。


「何? 戌亥さん。あの……亥さんだっけ。知り合い?」

「まあ、同業者だなあ。盗賊団五行の頭だが……何でこんな所で油を売っているのかまでは知らん」


 でも、戌亥が宝貝に手を出すって事は、あいつもまた宝貝使いって訳だ……。

 と、太極図が動きを止めた事に気付いた。


「……おい、まさか」


 その太極図が示した先にいたのは、亥とか言う男の方向だった。

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