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仙人郷篇 一

 空が雲1つなく晴れていて、普段は頼りない日差しも、今日はうーんと身体を伸ばせば浴びれそうな気がする。

 わたしはそう思って、身体をうーんと伸ばす。あったかーい。生き返るー。ずっと机に向かって曲げていた腰が伸びたような気がした。

 一方私の横を歩いていたゆっこは肩を抱き締め、身体をまるーくして歩いていた。


「うー……さぶさぶっ」

「寒いって言っても、今日は雪降ってないからそんなに寒くないよ!」

「……いや、寒いって雪降ってるか否かじゃないでしょ。どうしてアンタはこんなにお気楽極楽なのよ」

「えへへ~。だって、ようやくテスト終わったじゃん」


 私は笑いながら、ハア、と息を吐く。

 吐いた途端に、息は白く煙のように空に上がって消えた。

 テストも終わったら、冬休みまであと一直線だもの、嬉しくない訳がない。教科書やノートと睨めっこしていた時には、クリスマスソングもイルミネーションもちっとも目や耳に入らなかったから、それを浴びているのが素直に嬉しい。

 軽快に流れる曲は、確か去年に流行ったクリスマスソングだったっけ。何か失恋する奴。

 久々に足を踏み入れたショッピング街は、雪の結晶やらスノーマンやら、サンタ人形やらですっかりとデコレーションされていた。

 ゆっこはやれやれと言った様子で肩をすくめた。


「まあ、そうだね。もうすぐ冬休みだ。卯月はクリスマス、どうするの?」

「アールバーイト」

「……あんたこんなにテスト明け喜んでいる割には随分堅実的なのねえ」

「だってぇ」


 私はくるっと振り返る。フェイクファーのマフラーもぶるんと揺れた。


「マフラー買うんだもん」

「マフラーって、あんた今付けているのは何よ。尻尾か?」

「だってー」


 私はフェイクファーのマフラーの毛先をふかふかと触る。やっぱり偽物は駄目だなあ。柔らかいけど、毛先が化繊臭いし、先っぽが尖っている気がする。


「やっぱりさあ、ファーは本物じゃないとさ!」

「高校生の分際で本物の毛皮買うのか」

「マフラー位いいじゃん。そりゃあさー、全身毛皮のコート! とか。全身毛皮のバーッグ! とか。部分毛皮のブーツ! とか。欲しいけど、全部買ったら高いじゃん」

「……全身毛皮のバッグなんかどこの誰が買うんだよ。エセセレブかよ。セレブ気取って間違った方向に行ってるババアじゃんよ」

「いいのいいの。私はちっとも気にしない」


 私はスキップスキップと地面を蹴った。

 ゆっこは呆れたように肩をすくませると、手を振った。


「じゃあ、あたしこっちだから」

「うん。バイバーイ!」

「うん。また明日―」


 私は手を振って、ゆっこが角を曲がっていくのを見届けると、目的の店を歩き始めた。

 ふかふかっていいなあ。尻尾っていいなあ。

 小さい頃からふかふかもこもこしたものが好きだったから、冬になるのが待ち遠しかった。ふかふかしたセーター、もこもこしたマフラー。それを付けて公園で遊び回るのが好きで、その趣味は大きくなってからも全く変わらず、むしろどんどんと本物志向にシフトしていって、今に至る。

 私みたいにテスト明けなのかな。通り過ぎる制服姿の女の子が多い気がした。クリスマスの買い物かしらね。私はそう目の端で通り過ぎる女の子達を見つつ、ウィンドウショッピングを続ける。

 テスト明けなら焼き立てのクロワッサンとか買って食べたい所だけど、今は貯金しないといけないから我慢。そう心に決めて、いい匂いのする店をやり過ごす。

 私は普段から行っている輸入品屋の前で立ち止まった。

 高校生でもバイトすれば手に入る範囲で、可愛い服やアクセサリーがたくさん売っている店は、クリスマスにプレゼントを買いに来たカップルや、私みたいに自分へのご褒美を買いに来た女の子でごった返している。

 私がガラス越しにじっと見ていると、ちょうど隣の自動ドアが開き、そこを腕組んだカップルが出て私の後ろを通り過ぎて行った。いいなあ、ここで買ったんだなあ。いいなあ。私は勝手にうらやましがりつつも、目で店の中をなぞってなぞって、そして捉える。


「やった、まだあった」


 私はいつも見ているマフラーを見ていた。

 前にこの店に入って、それに触った時衝撃が走った。すんっごいふかふかしてる。化繊も確かに柔らかいしふかふかしている感じはするけど、その柔らかさの中に少しだけチクチクしている感触が混ざるのに、これは全然チクチクしない。

 100%本物の狐のファー。

 今は兎のファーが人気だけど、私は狐のファーが好き。流行りではないために、何とか残ってくれていた。

 クリスマスイブまでぎゅっとバイトを詰めているし、イブに働いている子にはボーナスをくれるから、それを持って行けば、何とか買える。

 あー、欲しいなあ。いいなあ。欲しいなあ。

 私はそう思ってうっとりと見ていた。ガラス越しに見えるマフラー。もふもふもふもふもふ。

 いいなあ。いいなあ。ほんっとうにいいなあ。

 ガラス越しとは言えど、私とマフラーだけの世界に見えて、世界が明るく見えた。

 ……って、あれ?

 私はそこでようやく眩しいと言う事に気が付いた。

 ガラスが光を反射して、私をギラギラと照らすのだ。

 何コレ。閃光弾? 映画での聞きかじりの武器の名前が頭をかすめる。と思ったら、それは私一人を照らしているのだ。何コレ。意味分かんない。


「あっ……!」


 いきなり足が頼りなくなったと思ったら、足が地面から離れ始めた。

 嘘。何コレ何コレ何コレ。


「宇宙人んんんんんんんんんんん!?」


 何でそんな言葉が私から飛び出たのかは分からないけど、それを最後に、私は光に飲まれて、何も見えなくなってしまった。

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