胡蝶篇 六
「あの馬鹿……」
俺はいらりとしながらも、力任せに剣を振るった。
剣は弧を描き、肉を割く鈍い感触が伝わった。
そのまま目の前の男は音を立てて倒れた。からんと、男の持っていた棍棒が床に転がる。
俺は飛んできた生臭い液体をぬぐう。大丈夫、道服は汚れてないと、そう他人事のように思いながら確認を終えた。
一瞬だけ嫌な沈黙が広がるが、誰かが乱暴に床を得物で叩いたおかげで、罵倒の言葉が小屋いっぱいに広がった。
「野郎……!」
「てめえ、それが道士のやる事かよ!?」
「うるさい。なら何か? 人だったら女をさらっても何してもいいのか?」
「あれは人じゃねえ! ひとでなしだ!」
「言ってろ」
用心棒達はぞくぞくと際限なく飛び出してきた。一体この狭い見世物小屋のどこに待機させる場所があったんだと、俺はこみかみを引きつらせる。
男の棍棒を受け止め、勢いつけて回し蹴りする。後ろにいる奴も巻き込んで、そのまま卓の下に沈めた。
――馬鹿は俺の方だ。みすみすあいつをさらわれるなんて……。
「くそ……」
「おい辰巳」
そのまままた男に挑もうと剣を構え直した途端、襟首が苦しくなる。戌亥の大剣に引っかけられたのだ。
「何するんだ!」
「一回引くぞ」
その声はいつもの軽薄さはなかった。
「引くってどうして!?」
「馬鹿、いいから」
「おいっ!」
俺の言葉を無視して、俺を大剣に大剣に引っかけたまま走り出す。もう片方でご丁寧に禁鞭まで使ってくれるんだから、周りにいる奴らもこちらを追いかけては来ないようだ。
蹴破るようにして、そのまま見世物小屋を飛び出す。
通りの人間はこちらを何事かと振り返るが、俺達が見世物小屋から出てきたと確認したら、関わりたくないと判断したのか、一斉に目を逸らした。ふん、あからさまなんだよ。
しばらく走って、見世物小屋を眺められるような高地に着いた時、ようやく俺は大剣から落とされた。
「っ痛……何するんだ」
「馬鹿、卯月がさらわれたからって血が上ってるだろ。頭を冷やせ」
「別に血なんて上っちゃ……」
「お前なあ……」
そう言って俺の剣を勝手に鞘から抜いた。
「何するんだ! 返せ!」
「あーあー……すっかり血塗れで」
「……!」
確かに、あの乱闘騒ぎで何人かは斬ったと思うけど……。でも、斬るつもりなんてなかった。
いつの間に俺は……。
「本当は、卯月に自分が人を斬ってる所なんて見せたくなかったんだろう? あいつ、やけにめでたい性格してるのは、きっと幸せな所で生活してたからだ」
「……るさい」
「だからあいつを元いた国に返すまでは、あいつを怖がらせたくなんてなかったんだろう? まああいつの性格からして、人が死ぬ現場になんか立ち会った事ないんだろうし」
「うるさい」
「それが卯月がさらわれて頭に血が上った途端これじゃあなあ……まさかとは思うが、あの見世物小屋の奴ら皆殺しにする気じゃなかったんだろうな?」
「――うるさい!」
俺は思わず戌亥から剣を奪い返そうと柄を握るが、それより早く戌亥が剣を握り直して大きく俺ごと振り払った。そのまま俺は尻餅をつく。
「だから言っただろ。頭を冷やせと」
「……」
「あそこであいつらを皆殺しにしてどうする。おかわりが来てきりがないのは目に見えてるだろうが」
「……策ならある」
「ん……?」
俺は懐から太極図を取り出した。未だにその反応は見世物小屋を示していた。
見世物小屋の中では誰が宝貝を持っているかは確認できなかったが、少なくとも卯月を動けなくした程度の宝貝ではないはずだ。祭具用宝貝なんて、そんなにたくさんあっては叶わない。
「……卯月をさらってあの小屋で働かせたいなら、少なくとも卯月はまだ生かされるはずだ。……今は」
「ほう、それで」
こいつ……いつもの軽口に戻った。
俺は内心またいらりとするが、頭の中の絵は口で言ってしまった方が形になる。そう考えてまた口を開く。
「そんな強い力を持った宝貝使いは十中八九あの支配人直属の用心棒だ。太極図を見てあいつの移動を見れば、卯月のさらわれた方向がわかるはずだ」
「ふむ……でも卯月がさらわれた場所と、あいつの居住地が一緒とは限らないんじゃないか?」
「そうとも言えないはずだ」
俺は太極図を巻いて懐にしまう。
「ひとでなしは売れるからな。大量に確保している場所には、それ相応の用心棒を巡回させているはずだ。そんな用心棒を大量に置ける場所は限られているし、富民層の住む場所も限られている」
「……まあ、そうなるか。何だ、ようやくいつも通りに戻ったな。これなら卯月もいつもの無愛想なお前さん位にしか思わないだろ」
「……無愛想は余計だ」
「何だ。愛想よかったか、お前」
「……うるさい」
少なくとも。
俺は先程出ていった見世物小屋の方向を見た。
少なくとも、今はあいつを殺される心配はしなくてよさそうだ。今は、だから、それがいつまでかなんて分からないけど。
「阿婆擦れ……」
何故か頭に浮かんだのは、馬鹿みたいな顔で俺の仮尾に抱きつく姿だった。




