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胡蝶篇 三

 小屋と言うよりはテントだけれど、その布張りの建物の掛け看板で「胡蝶」とだけ書いてあった。

 あれ、胡蝶……夢で古文の授業の事出てたのって、予知夢だったのかな。まさかねえ……。


「よりによって見世物小屋か」


 巽は嫌そうな声をあげる。

 見世物小屋って何だっけ。大道芸人の人がわちゃわちゃやってる所だっけ。それはサーカスか。でもサーカスみたいな大がかりな事は、この小屋だとできないかなあ。


「でも、この小屋に宝貝があるんだよね? なら探しに行こう。持ち主の人がいい人だったら、もしかするとくれるかもしれないし」

「あっ、馬鹿!」


 辰巳が焦った声を上げるのを無視して、私は小屋の布張りに手をかける。

 私は中に入っていって……何で辰巳が止めようとしたのか、ようやく分かった。


「いらっしゃいませ……女性の方、だけですか?」


 出てきたのは、小綺麗な格好をしているのに、やけに脂ぎっていて、そのせいで下品に見える男の人だった。

 私は首を傾げつつ、奥を見て絶句した。

 出入り口から少し入った所にあるステージみたいな場所には、胸とお尻を必要最低限にしか隠していない女の子達が踊っている姿だった。それを客席から男の人達が見物している。

 私は恥ずかしくなるより先に、あっけに取られて見ていた。


「あー、すみません。彼女上都してきたばかりで、ここが何か分からなかったんですよー」


 そう言いながら、戌亥さんが慌てて私の横に寄ってきた。辰巳も寄ってきて、「馬鹿っっ!!」と言ってゲンコツを浴びせてくれた。


「馬鹿って……知らなかったんだもん!」

「知らないって、ここどう見ても見世物小屋小屋だろうが」

「だって……ストリップショーの店が昼間から営業してるなんて、私の世界だったらありえなかったんだからしょうがないでしょ!?」

「……すとりっぷ?」

「あーもー!! 風俗よ! 知らなかったんだもん!」

「知らなかったで済めば役人はいらない!」


 私達がまたも言い合いになると、戌亥さんは「またお前らは……」と言いながら間に割り入ってきた。


「あんまり喧嘩するな。他の客に怒鳴られるぞ」

「だって、辰巳ったらすぐ手を出すから……」

「はいはい。辰巳も女子にすぐ手を挙げるな」

「……悪かったとは思ってる」

「あー、はいはい。これで仲直り仲直り」


 ……完全に小学生扱いされてる気がする。でも……。


「こんな風俗店に、本当に宝貝あるのかな?」


 私はひそっと辰巳に聞いてみると、辰巳は眉間に皺を寄せながら店の中を見回っていた。

 私達の様子を伺いながら、脂ぎった店員さんは困ったような声をあげた。


「あの、お客様……結局店にご用で……」

「……三人。入場料はいくらだ」

「はい、一人一万元になります」

「…………」


 辰巳は心底店員さんを睨み付ける。……えっと、元ってお金の単位だと思うけど、どれ位なんだろう。辰巳無茶苦茶怒って眉間の皺がいつにも増してすごいんだけど。


「……俺は道士だから、そんな大金は持っていない」

「そうは言われましても、こちらも商売ですから」

「じゃあ、俺が払うから」

「……何でそんな大金持ってるんだ」

「商売上ちょっとな」


 ……戌亥さん着いてきてくれて本当によかった。

 私がそう安堵していて、ふとステージ上で踊っている女の子達が、お客さん達と違う事に気付いた。


「あれ……尻尾」

「ああ、うちの踊り子はひとでなしなんですよ。人件費ただな分、いい接待をさせていただいております」

「人件費ただって……」


 あの女の子は、ここのお客さん達みたいに尻尾なんてない。下着みたいな服に、尻尾を隠せる場所なんてない。

 やがてお客さんのおじさんが、下卑た笑いを浮かべて、ステージの女の子の一人を手招いた。


「今晩はどうだい?」

「…………」


 男が自分の尻尾を持つと、女の子の顔をくすぐる。客席から歓声があがった。女の子は瞳に涙を溜め、必死で堪えながら、男の尻尾に手を伸ばした。

 お客さん達の声は下品で、聞いていると何もされていない私の腕に鳥肌がポツポツ立ってくるのが分かる。


「……何これ」


 辰巳は尻尾をふかふかする度に「阿婆擦れ」と言って怒っていた。

 今女の子は苦痛に耐えて尻尾を触ろうとしている。何度も引っ込めたいって言う気持ちと、触らないといけないと言う恐々した手つきを繰り返して。

 ……こんなの、おかしい。


「やめなさいよ……!」


 気付けば、私は椅子の一つを蹴り飛ばしていた。もっとも、私が蹴った所で遠くへ飛ぶ訳もなく、ただ床に音を立てて倒れただけだ。客席の人達が、一斉にこっちを向く。踊っていた女の子もまた、こちらに振り返った。


「おい、卯月……」

「…………」


 戌亥さんは少しだけ焦ったような声を上げるが、辰巳は黙ったままちらりとこちらを見ただけだった。

 辰巳は腹が立っているのか、さっきから剣の柄に手をかけたまんまだ。


「お客様、他のお客様の迷惑になりますので困ります……」


 私が椅子をひっくり返したせいで飛んできたのは、でっぷりと太った脂ギッシュな男の人だった。着ている服は布とかには詳しくない私から見ても、明らかにいいものを着た。


「だって……あの子嫌がってるじゃないですか……!」


 自分でも子供じみた事を言っているのは分かる。けど、あのステージの女の子が脅えた顔をしているのを見ていたら、黙ってはいられなかった。


「しかし、これは躾された接待でして……」

「あの子がいやらしい目で見られて、尻尾触らされるのが接待なんですか!?」


 私は腹が立ち、そのまま男の人の尻尾を掴んだ。

 周りからどよめきの声が上がる。


「こら、卯月……!」

「あの阿婆擦れ……」


 戌亥さんは本当に珍しい声を上げ、辰巳はいらついた声を上げる。私はその声を無視して、尻尾を一気に引っ張りあげた……!

 スポッと言ういい音と共に、尻尾が抜け落ちた。

 って、あ、あれ……?


「あれ……この人も、ひとでなしなの……」


 でも、尻尾あるよね……?

 でも私が持ってるの、これ仮尾だよね……? どういう事なの……?

 私の頭にはてなマークが飛び交う中、ふるふると男の人は震えた。あ、あれ……?


「この不届きな奴らを捕らえろぉぉぉぉ――!!」


 男の人が声を荒げてそう叫ぶと、一気に槍やら剣やら持ってきたごつい男の人達が奥から走ってきた。

 って、ちょー!

 辰巳は眉間に皺を深く深ーく刻んで、剣を抜いた。


「この馬鹿!」

「馬鹿って……さっきのはついうっかりで……あの人何で仮尾つけてたの?」

「……さっきも言ってただろ。尻尾は多ければ多い程、強いと見なされるんだよ。あいつは見栄張ってたんだろうよ」

「ああ……」

「……お前邪魔だから、俺の後ろいろ。刃が当たったら謝る」

「謝るな! つうか当てるな!」


 店内で、乱闘が始まった。

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