表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/113

胡蝶篇 一

「夢の中で ひらひらと蝶として飛んでいたところ、目が覚めたが、蝶になっている夢を見ていたのか、今人になっている夢を見ているのか」


 コウコウと空調の音がする。埃くさいヒーターの風が私の頭にぶつかる。

 カリカリとチョークが黒板を染める音が響く中、私はこっくりこっくりと船を漕いでいた。

 ケーキ屋のバイトはハードだったあ……。クリスマスまでまだ1月もあるってのに、何でこうも予約注文が耐えないのかね。おかげで家に帰れたのは、10時をとっくに過ぎちゃったんだからさ。

 先生は漢詩の訳を書いていた。

 私もノートにそれを写したいのに、文字はすっかりミミズの阿波踊りで、ちっとも解読できやしない。


「これは、道教の始祖、壮子の歌だ。この歌の意味は、どちらが現実でどちらが夢かは意味のないものと言う意味だな。どちらも自分が見た真実には違いなく、問題なのは自分がどう真実と向き合うかと言う意味で……」


 先生が解説している声が、余計に私の船漕ぎを加速させる。眠いなあ……でももうすぐテストなのに……。

 と、途中で言葉が途切れる。


「こら、夢見! いい加減起きなさい!!」


 げ。寝てるの、バレた!?

 私は思わず突っ伏しかけていた顔を上げた。


/*/


「すみませんごめんなさい寝てました!!」

「はあ?」

「へ?」


 コウコウと言う乱暴な風の音がする。風はぶつかるたびに私の体温を奪ってくれる。

 あ。

 さっきのは夢だったんだ。私がここに来る前の……。

 眠っていた私の肩には、戌亥さんの上着がかけてあった。


「おはよう。よく寝てたな?」

「こんな所でよく眠れたな」

「あっ、えーっと……戌亥さん服ありがとう。寒くない?」

「いや全然。まあ空の上は割と涼しいけどなあ」


 辰巳は嫌みったらしく私をジト目で見た後、太極図と睨めっこに戻ってしまった。隣では戌亥さんがかんらかんらと笑っている。

 私はもぞもぞと上着を脱ぐと、そのまま戌亥さんに返した。

 相変わらず雲の下は霞ばっかりで、いつになったら地上につくのか分からない。


「ねえ、いつになったら地上に着くの?」

「今は山を下っている所だし、王様達に見つかったらやばいからなあ」

「ん? 王様達って?」

「今空飛んでいるのは、南都の方だからなあ」

「なんと……?」

「あー、そう言えば卯月は国同士の話が分からないか」


 戌亥さんは頭をかきながら、口を開いた。


「今この山は二つに割れているからなあ」

「山が割れているの?」

「割れているって言っても木っ端微塵になっている訳じゃないぞ。勢力争いって事だ」

「勢力争い……それって、戦争してるって事?」

「んー……分かりやすく言うとそうなるなあ」


 戦争……。私は思わずブルリと肌を震わせる。戦争なんて言うのは、夏場によくやる特番ドラマ位しか、イメージが沸かない。でも世界史の歴史によれば、昔は建国、革命、戦争の繰り返しだったような気がする。

 ここだと、まだ当たり前のように戦争が行われてるんだ……。

 そう考えると、やっぱり震えてしまう。


「もっとも」


 さっきまで黙って太極図を見ていた辰巳が口を挟んできた。


「今はそれができないように、山を割ったんだけどな」

「だから、その割るって何よ」

「そろそろ見えるぞ」

「見えるって何が……あ」


 霞や雲を抜けきった先に、久々に青々とした世界が広がって見えた。

 もっとも、私の知っている植物や環境とは全然違うけど。緑の青々とした草原地帯は、何やら細いものに区切られて見えた。


「あれ何?」

「万里の長城だ」

「万里の……えっ、何でここにもそんなのあるの!!」


 私は思わず叫ぶと、辰巳は不思議そうな顔で首を傾げた。


「お前の国にもあるのか?」

「私の国にはないけど、私の元いた世界にはあったよ!!」


 確か宇宙からでも見える位長い長い城……だったかな? それで国境を区切ってるって事? 山一つ区切るってそんな……。これ、山の上から下まで……ううん、多分仙人郷にはそんなのないから、仙人郷より下の所からだと は思うけど。


「南都国と北都国。相当仲悪い国でなあ。数年前まで戦争が耐えなかったんだが、今は冷戦状態だな」

「どうして……」

「邑や小国の奪い合いの果てって所か。元々正反対の国だったんだが、邑の管理問題のせいで、関係がますます悪化してなあ……それで戦争だ」

「そんな……大きい国の都合で、小さい国や邑まで巻き込まれるの?」

「……偉い奴らなんて、そんなもんだ。自分の事しか考えない」

「…………」


 私はちらちらと万里の長城を眺めた。

 今は城で区切られているから大丈夫なはずだけど……もしこの境を普通の人達が越えちゃったらどうなるんだろう? 嫌な予感しかしなかった。


「今ある万里の長城は、どちら側にも着きたくない人間の最後の砦って所だな」

「何ソレ」

「昔は行き来があったんだ。南都と北都も。それが今では城で行く事を止められる。どういう事か分かるか?」

「えっと……」


 頭に浮かんだのは、ベルリンの壁だった。

 確か、普通に暮らしてたベルリンの人達の住んでいる場所にいきなり壁ができて、それを勝手に越えたら殺されるんだったっけ。国同士の揉めごとが原因で、1つの街はたった1日で真っ二つにされた……。


「……国同士が分かれちゃった人達は、ここでだったら会えるって事?」

「その通り。もっとも、今じゃ俺の同族位しかあんな所で暮らしちゃいないけどなあ」

「戌亥さんの同族って……」

「盗賊だろ」

「あ……」

「普通の神経じゃあ、いつ殺されるか分からない場所には住めないからなあ」


 戌亥さんはそう言ってかんらかんらと笑った。

 うーん……。私は万里の長城をまだ眺めていたら、辰巳はぼそりと言った。


「……太極図、反応があった」

「うっそ。どこどこ?」


 辰巳が甲さんが書いた巻物を見せてくれた。それは甲さんが術式を発動させた時と同じように、光が浮かび上がって、くるくると回っていた。そして、陰陽の黒い部分が上を向く。


「何コレ」

「あっちの方向に、宝貝があるらしい。でも変だ」

「何で?」


 私は辰巳が示した方角を見やった。万里の長城より随分離れた所は、この辺りみたいに緑だけじゃなくって、色とりどりの景色が見える。多分あっちには人がたくさん住んでるんだ。


「あっちの方角は、小国の方角だ。あんな所にどうして祭具用の宝貝が……」

「何で? 誰かが買ったかもしれないのに?」

「馬鹿。宝貝は元々八仙が生成したものだ。そんな簡単に手に入ってたまるか」

「何ソレ。初めて聞いた」


 私は思わず目をパチクリとさせると、辰巳は頭をガシガシとかきむしった。


「ああ……そう言えばこいつにはこっちの知識なんて何一つないんだった……」

「何よ、仕方ないじゃない。で、何その、はっせんって」

「八仙。この世界を作った八人の仙人だよ」

「へえ……辰巳も会った事あるの?」

「ある訳ないだろ! この方々は、既に天に帰った」

「へえ……」

「まあ、俺達は八仙の話は親が子供を寝かしつける時によく聞かされるものだったからなあ……既に八仙の話なんて寝物語程度にしか残ってないからなあ……今使われている武器用の宝貝は、祭具用を模倣して作られたものなん だよ。だから祭具用の宝貝なんて、仙人が管理しているから、本来は地上にあるはずないんだ」

「ふうん……」


 私達の世界で言う所のグリム童話や日本昔話みたいなものなんだなあ。でもそんな古い物だったら、なおの事なんであるんだろう?


「ねえ、そんな仙人じゃないと持ってないような宝貝が、どうして小国にあるの?」

「知るか! だからこっちも変だって言っているんだろうが!!」

「まあまあ。で、本当にあっちに行くのか?」

「あるんだったら行くしかないだろ」

「……本当にいいのか? あっちは南都の領域だぞ?」

「…………」


 え……?

 私はただ、戌亥さんが辰巳に念押ししているのを黙って見ていた。何で南都の方行っちゃまずいんだろう……。

 たくさん疑問は湧き出て尽きないけど、宝貝があるんだったら、行くしかないんだよね?


「いいじゃん。行こうよ」

「……まあ、卯月が行きたがっているなら止めやしないがなあ」


 戌亥さんは珍しく、少し眉を潜めていた。辰巳は相変わらずのぶっきらぼうさで、「最初からそう言っているだろうが」と返してきた。

 ヤな奴。

 私はジト目で辰巳を睨んでやった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ