終局篇 十
戦争が終わってから、辰巳は城に戻ってからひたすら戦後処理に明け暮れていた。南都国にしてみれば后妃が死亡した事と戦場に出た事、何よりも仙女に洗脳された挙句にこの山の半分を割るような大災害を引き起こしたと言う事で、責任を取らされて処刑されたと耳にした。
見せしめって奴らしいけれど、私はその現場には立ち会わなかった。辰巳が渋い顔で「見せしめがなかったらまた誰かがやらかすって事か」と呟いた事が、ひどく耳に残っていた事を私は覚えている。
相変わらず北都国は雪で覆われていて、南都国が一部解体した事もあって南都国に一部を移住させると言うのはどうだと言う話が出たけれど、それは一度解体作業が終わってからだと言う事で抑えられている。いきなり北都国の産業が南都国に出回ったら、最悪南都国の産業が潰れ、それが原因でまた戦争になってしまうから、それだったら何のための戦争だったのか分かりゃしないからだと言うのが概ねの見解だった。
私の処遇は……と言うと。
戦後処理の際、北都国の財産没収の際に祭具用宝貝は出て来たらしいけれど、それらは全て北都国に献上と言う形となった。既に仙人に昇格している辰巳だったら、自らの仙力で召喚陣を書き直して、私を元いた世界に返せるから、らしい。
そう、なのだ。
私がこの世界にいた意味ももうすぐなくなるし、私はこの世界から帰らないといけない訳だ。
辰巳が忙しくしている中、私はぼんやりと雪ばかりが降り積もる庭を見ていた。中国っぽい世界だけど、この山には椿みたいに冬の寒い中でも咲く花はないのかしらんと、そんな事を真っ白な中庭を見ながらつい思ってしまう。
「卯月さん」
と、私がセンチメンタルな事を考えていたら、子子ちゃんが走って来た。子子ちゃんは戦争が終わってからがひたすら忙しく、兵を見てずっと手当てをしていたらしい。この世界には医者ってシステムがないって言うのは子子ちゃんから聞いた事で、仙道の薬学知識を学んだ人が治癒士としてあちこちにいると言う。
最近だと仙人郷の意向に背かないかと確認をした上で、問題ないと見なされて、薬学知識を人が学べるようにとずっと木簡に知識を書き連ねているのが子子ちゃんの仕事だ。その中には辰巳が舌を巻くような内容も書かれていた。ずっと子子ちゃんが万里の長城にいた時から培った治癒知識は仙道が教えたものだけでなく、彼女のアレンジも加わっているので相当広い知識で人を治せるようになるらしい。
私の世界で医者になる方法に試験でふるい分けをして、実務を積んでから初めて医者になれるって言う話をしたら、それが北都国の人に耳に止まったので、実験として治癒士の試験と実務経験者を募り始め、それの師匠として選ばれたのが子子ちゃんだった。すごい。本当に。
世界は、私を置き去りにしてどんどん進んでいくんだなって思ってしまうけれど、子子ちゃんは私を置いて行ったりはしなかった。
「……もうすぐ、帰られるんですか?」
「あー……うん、そうだよね。私もこの国にいる意味がなくなっちゃったし、それにさあ」
「はい?」
子子ちゃんが首を傾げるのに、私は微笑む。
辰巳が歯を食いしばって頑張って来た事を、私はずっと見ていた。見ていただけで、私は本当に何もしていない。
この世界の常識が分からない。この世界の必要最低限な知識が分からない。子供でも知っているおとぎ話の一つさえ、私は知らない。
それってさ、変な話だって思っちゃったんだよね。だって、常識も知識もあって、おとぎ話も知っている私の元いた世界で、私は何も残してないって、辰巳を見て気付いちゃったんだ。
あんなに頑張って、目的の一つを果たした辰巳に、顔向けできないじゃない。今の私はさ。
「……辰巳がさ、私多分……大事なんだと思うんだ。今の私は辰巳には絶対顔向けできないから、だから私は自分の国に帰らないといけないって、そう思ったんだよ」
「……寂しくなりますね」
「あんがとね。でも私、本当に大した事なんて何一つしてない」
それは別にこの世界でだけじゃない。私は元いた世界でだって何もしちゃいない。何かをしないといけないのに、本当に何もしないままだったのだ。
何かを成すって言っても大きな事でなくてもいい。ただ、「おかしいものをおかしい」って、そう言える事が自由だって言うのが当たり前じゃないって世界を知ってしまったから。
だから、帰らないといけないんだ。
私は子子ちゃんを見て、自然と微笑むと、子子ちゃんはおずおずと言葉を付け加えた。
「……私は、卯月さんは強い人だと、そう思います。元いた国でも、どうか元気で」
「うん、ありがとうね」
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辰巳に呼び出されたのは、戦後処理の一作業が大分終わってからだった。あれだけ机子には山積みに竹簡や木簡が詰まれていたのに、今はなくなってしまっていた。
「あー……お疲れ様、だよね」
「そうだな。……旅に出た頃は、まさかこうなるなんて思いもしなかった」
「そんなもんでしょ、人生は」
「そうかもしれないがな」
そう言いながら辰巳は相も変わらずな無愛想な顔で私を無遠慮にじっと見た。何よ。思わず私もじっと見つめ返してしまうと、ふっとその表情が緩む。
何だコノヤロウ。反則じゃんかよ、そんな顔は。私が思わずきゅっと目を吊り上げそうになった時、辰巳が一言言った。
「……そろそろ、お前を帰さないといけないけど。一つだけ聞きたい。お前は、本当にこの国に残らなくっていいのか」
「一応さ。考えたけど。私の気持ちとか、ここにずっといた事とか。色々色々」
「子子が言ってたからな、大体の事は聞いてる」
「私の言葉であんたに伝えてないじゃん。言わせてよ」
皆が皆、変わっていってしまう。
相変わらず戌亥さんは義賊として活躍するだろう。子子ちゃんは師範として頑張るだろう。辰巳は北都国がより大きくなっても他国を侵略する事ないよう努めを果たすだろう。
私は? 私はまだ何もしてないんだから。
「私さ。多分。今の私は辰巳に顔向けできないもん」
「いつも顔を合わせておいてその言い草か」
「何だとコノヤロウ。真面目な話してんだからさ、最後まで言わせなさいよ。
あんたがずっと、丁のため、国のため、この山全体のために頑張ってたの、多分私が一番ずっと見ていたと思う。だからさ、私はここにいちゃ駄目なんだって思ったの。
あんたがずっと頑張ってたって事、私は誰かにちゃんと伝えないと駄目だし、私は私で頑張らなきゃって、そう思ったの。
私はあんたとずっと一緒にいたらさ、私はきっとあんたに甘えちゃう。でもそれだけじゃあ駄目なんだ」
もし、出会い方が王様とお姫様であったのならば、一緒にいるって選択肢もあったのかもしれないけれど、それはない。
私は本来は普通の日本のどこにでもいる女子高生。人ごみに埋もれてしまったらもう見つける事はできない程度の、どこにでもいる女子高生なんだ。
全然違う世界に来て、ずっと道士である辰巳と行動を共にしてきた。
そこで情が移らない訳なんかない。私だって自分の気持ち位分かってる。でも。
一緒には、いられない。
一緒にいちゃ、いけない。
「私は、帰るよ。それが私があんたを好きだって事なんだからさ」
「……ふっ」
「……何よ」
「はははははははははははは……!!」
辰巳は、何故かいつかの時のように、声を上げて笑い始め、私の頭をポンポンと叩き始めた。ちょ、何だこの反応は。私はクエスチョンマークを飛ばしながら、ただただ辰巳を凝視する。
「本当に……お前らしいよ。ああ、帰そう。お前を」
「……うん」
床には何も書かれていない竹簡が何重にも敷かれ、そこに円陣が描かれる。墨の匂いが濃い。それは、辰巳と出会った洞窟の再現のようだった。私が出て来た事がある召喚陣が、しっかりと再現された。
書き上がった後、私は円陣の上に乗せられた。私の荷物も、全部ある。ずっと一緒に旅してきて、よく無事だったわねと我ながら感心しつつ。
私は辺りを見回した。
辰巳の執務室。最初は蜘蛛とか落ちてくるようなかび臭い洞窟だったのに、本当に何もかもが違う。
でも──。私を見ている、辰巳の目だけは同じだ。
「さよなら。あんたと一緒にいれたの、案外楽しかったわよ」
「……うるさい、馬鹿」
辰巳は最後に指をガブッと噛んで、陣に血を滴らせた。それはぐるっと陣に熱をもたらした。寒くてしょうがないはずなのに、一気に辺りは熱くなって、汗が噴き出そうになる。
と……耳の奥で何かがプツリ……と切れた音が聞こえた気がした。私は辰巳と目を合わせる。
「卯月」
発音が違う。ああ、そっか。私と辰巳の主僕契約が切れた音だったんだ。私の周りは、光が溢れて何も見えなくなっていく。
「我愛你」
「え……何?」
聞き返しても、きっと言葉なんて伝わらないけれど、それでも聞かずにはいられなかった。光は一気に加速していき、私の身体が何倍にも伸びたような錯覚に陥る。
最後に、山の全体を見たような、そんな気がした。
旅はしんどくって苦しくってどうしてこんな理不尽な目にばっかり合うんだろうって何度も思った。
けど……帰る今になって、案外悪くもなかったのかもしれないって、そう思う。
そう……思えるようになったんだ────……。




