終局篇 八
剣先を向けられているにも関わらず、丁は愉悦を浮かべた笑みを引っ込める事はなかった。
そうだ、問題はここからなんだ。何たってあの九曲黄河陣は、丁に対する攻撃を全て無効化するんだから……。
って、本当この女やりたい放題ね!? こんなんどうやって倒せばいいのよ!
私は思わず悲鳴を上げそうになるが、戌亥さんは「むぅー……」とだけ唸り声を上げて辰巳と丁の対峙している現場を見ていた。
「──それで」
丁はにこやかに笑みを浮かべたまま、辰巳を見ていた。その笑みは彼女の本質や今までやられてきた事を知らなければ、人の心を蕩けさせそうな慈愛に満ちた笑みを浮かべているようにも見える。
辰巳はただ、彼女への憎悪を抑え込むように眉間に皺を深く深く刻むだけだったけれど。
「私を倒す方法は思い付いた?」
「……絶対の盾に絶対の剣で挑んだ所で、矛盾が生じるだけだ」
私はその意味が分からず、思わずぽかんとしていたら、私の横で「なるほどなあ」とだけ戌亥さんは漏らした。
「ええっと、絶対の盾って言うのは、丁の持ってる宝貝の事なんでしょうけど、絶対の剣って言うのは、どういう……?」
「ああ、お前さんも見てただろ、あいつがさっきの兄さんとやり合っているのを」
「ええっと……?」
戌亥さんの指摘に思わず私も眉を潜めると、戌亥さんはあっさりと言ってのける。
「辰巳の莫也宝剣。ありゃ本来はこの山一番の名刀だからな。もっとも、辰巳は今まで仙力を引き出す事ができなかったせいで、あれの本来の力を引き出す事なんか当然できなかった訳だけどな」
「な……辰巳、そんなもん腰に提げてたんですか!?」
「そうなるな、だから岩だって簡単に斬れるし、衝撃波だって引き起こせる訳だけど、今の所は九曲黄河陣の方が力が上って訳みたいだし、そもそも丁に対する攻撃が全て無効化される訳だからどうしたもんかって話なんだけどな」
「あーあーあーあー……頭こんがらがるんですけどっ!」
あの剣、そこまですごいもんだった訳か。全然知らなかった。あ、でもだから丁の使ったのが宝貝じゃなくって仙術だって看破できたのか。もし宝貝だったら、それを斬っちゃえばいい訳だし。
って、そもそも丁への攻撃無効化するんだったら、どうやって宝貝破壊すればいいのよ。
辰巳と丁が睨み合っている。二人ともただ黙って目と目で話し合いって感じではない。これは何と言うか、将棋や囲碁の先読み合戦って言った所みたい。二人ともどうしたら勝てるのかって、互いの手の内を見ながら計算しているんだ。
「丁への攻撃は、全部無効化って事は、丁以外には攻撃当てられるって事だよね。そのまま九曲黄河陣を破壊って言うのは無理かな?」
「うーん、そりゃできたら辰巳もそうしたいだろうけどな、難しいだろうな。何たって丁もそれが分かってるだろうから、いつかの霧露乾坤網と同じく体内に埋め込んでいると考えた方がいい。だから宝貝だけの破壊は無理なはずだ。丁への攻撃が無効化な以上はな」
「うーわー、面倒くさーい。でもさでもさ、丁以外だったら攻撃できるって事は、例えば丁のいる地盤を攻撃って言うのは?」
「……んー、少なくとも、辰巳には無理だろうな」
「えっ、莫也宝剣は万能の剣、なのにそれでも無理!?」
「それが丁の狙いだからだろうさ。今二人揃って先読み戦を行ってるのも、そう言う事だろうさ」
「えっと……」
「ほら、卯月は仙人郷でお師匠さんから丁の目的聞いてきたんだろう? そう言う事だよ」
「……あっ!」
戌亥さんの指摘で、ようやく思い当たった。
丁の目的は、元々この山誕生に関わった宝貝の回収。そのために山を割るのが目的だった。戦争を仕掛けたのだって、そう言う訳で。
……つまり、自分と戦うために辰巳が仙人に昇級する事も、莫也宝剣の本当の力を開放する事も、織り込み済みだったとか、そう言う話……? 何なの! 何でそんなにあの女性格悪いの! 何なの本当にぃぃ……!!
私がうがうがして頭を抱える中、戌亥さんは「さあてと……」と言いながら得物を構えていた。構えているのは金鞭であって、大剣の方は背中に差したままだ。
「ああっと……戌亥、さん?」
「さっきも言っただろ。辰巳だったら少なくとも丁の宝貝を破壊できないし、地盤を壊して丁を攻撃する事もできない。が、丁のいる地盤を攻撃するのが辰巳じゃなかったら、話は別だ。
それに、別に辰巳も最初から宝貝なしでも戦えたんだから、莫也宝剣なしでも戦えるだろ」
「……あっ!」
ようやく分かった。丁の計算が狂う方法が。
戌亥さんは軽く私の頭を叩くと、そのまま口笛でも吹きそうな気軽さで戦場へと舞い戻っていった。
それと同時に、ようやく辰巳が動いた。あの影を縛る宝貝を丁の影に投げつけたのだ。そこで丁も動く。あの宝貝が影の落ちてる地面に刺さる前に羽衣を回収して、その宝貝を回収してしまったのだ。逆にその宝貝を投げ始める。
辰巳は剣をジャキンと構え直すと、その宝貝を全て影が落ちる直前に手元に回収した。その動きは早い。
そして。地面が急に揺れ始めた。さっきの空間が区切られる感覚とはまた違う。今度こそ、地震だ。
……いや、違う。戌亥さんが地面を激しく金鞭で鞭打って、抉り始めたのだ。それに丁はちらりと視線を動かして、再び辰巳に視線を戻した。
「まあ……一人で戦うのを止めたの」
「無理な事はしないって、もう決めたんだ」
「ひとでなしに絆されたのね」
「──あいつの事を悪く言うな」
「まあ……残念。あなた、すっかり角が取れて丸くなっちゃったのね」
そこで初めて丁が余裕の見える笑みを消して、心底残念そうな憐みとも取れる悲しげな視線を辰巳に送った。
「あなた、いろんなものに踏みつけられるたびに、ぎらぎらと瑠璃色の光を撒き散らして世を恨んでいたと言うのに。この山を破壊しようとするほどに憎しみを撒き散らしていたと言うのに。すっかりと変わってしまったのね。残念だわ──辰巳」




